<マハーバーラタ・33〜36>


33、人身御供

クンティ)はアスティノ)国でヨモウィドロ)の屋敷に身を寄せていた。クレスノ)はこのクンティカルノを再会させた。
が、カルノ)は「母上から戦の総指揮者になる祝福だけを受けたい。自分は自分を捨てた親より、自分を育ててくれた親や、自分を引き立ててくれたドゥルユドノ)への義理を欠く事は出来ない」と述べた。

殆どの人はパンダワにつきたいと思いながら、策略によってコラワにつくが、このようにカルノはそうではなかった。インドにおいては、育ての恩と出世の恩にこだわり、肉親の愛を捨ててコラワにつくカルノを、悪者として扱われる。

が、インドネシアにおいては、カルノクレスノに対して、こう答える。
「自分が妻スルティカンティ)と結婚できたのはアルジュノ)のお陰だ。パンダワのためにドゥルユドノの強欲を滅ぼしたい。が、結局パンダワは、アスティノ国は愚か、アマルト)国さえ手に戻す事は出来なかった。自分が事あるごとにドゥルユドノに戦を仕向けさせたのは、戦で決着する以外に手立てがないからだ。その責任ゆえ自分はコラワに残り、ドゥルユドノとともに滅びよう」

クレスノ)は感動してカルノ)を強く抱きしめて別れ、クンティだけをともないウィロト)国に戻る。
(一方ジョクジャでは、カルノがパンダワを殺したくないと言うのを、クレスノドゥルユドノ)への恩を諭される、という展開になるスタイルもある)

クレスノの命令で先にウィロト)国に戻ったスティアキ)は、マツウォパティ)王やパンダワに交渉の決裂を伝え、次いでクンティをともなってクレスノも帰還した。

ジョクジャではここで、自ら「パンダワへの恩返しのため、開戦前に勝利をもたらす祈りに捧げて欲しい」と申し出て、人身御供になる人達の話が挿入される。

それは、かつてコラワに焼き討ちされ森を彷徨っていたパンダワが遭遇した人達で、ビモ)によって人食い王ボコ)から救われたイジュロポ)親子と、アルジュノによって妻の愛を獲得したサゴドロ)である。
彼らは祭壇にのぼり、アルジュノに「悔いは無いか」と聞かれ、「喜んで死ぬ」と答え、放たれた矢によって昇天。その魂が神に受け取られた証拠として屍が消える。

一方コラワも神に捧げる人身御供を探すため、次男ドゥルソソノ)は川岸に出掛け、スラユ)川で渡し守をする若者、タルコサルコ)を拉致するが、二人は逃亡をはかってドゥルソソノに殺される。
この二人には、やはり「後の日の戦争で恨みを晴らす」話もあるが、既にこの時、本人の同意なく無理やり殺された人身御供として神に受け取らず、その証拠に、屍がいつまでも死臭とともに消える事なく放置された。



34、イラワン×コロスレンギの戦い

ジョクジャの話では、ダストロストロ)王は既になく、これまで父ダストロストロに頼っていたドゥルユドノは、落胆し取り乱して嘆き、総帥の任を前に醜態を晒す。
やむなくサルヨ)が、「戦うからには勝つ手立てを考えねばならぬ、パンダワに先を越されぬよう、こちらから先に叩いて出る」と作戦をいい、オロオロしているドゥルユドノに戦闘開始のシンバルを命じるよう促す。

一方クレスノ側では、義弟スティアキや宰相ウドウォ)が女戦士のスリカンディ)の元に行き、交渉決裂を伝える。スリカンディは素早く「ウィロト国に行き、正規の戦闘命令を受ける」事を決意。
そこにコラワが先に攻撃を仕掛けたという報告が入り、これを蹴散らしたスティアキは深追いしようとして、ウドウォに「戦いの秩序」を諭される。

戦いにはルール)があった。
1、太陽が沈むと停止し、夜は敵味方とも自由に交際していい事。
2、 戦い方は一騎討ちに限られ、象に乗る者同士、馬に乗る者同士である事。
3、 退却や降伏した者に追い討ちや攻撃してはならず、また虐待を加えぬ事。
4、 武器を持たぬ者を武器で攻撃せぬ事。非戦闘員(太鼓やラッパの奏者、傷の介抱をする者)を攻撃してはならぬ事。

加えてウドウォは、作戦の伝達経路について、やはりスリカンディの言う通り、まずはウィロト国に行き、上官の命令を受けて動くべきだ、と言った。

山の苦行所には、パンダワの祖父アビヨソ)、アルジュノの息子イラワン)、アルジュノの従者スマル)、ペトル)親子達がいた。
イラワンは、各国の諸将がウィロト国に馳せ参じているだろうに、自分だけ乗り遅れると焦り、制止する曾祖父アビヨソを振り切って飛び出した。

これを空から発見したのは、アルジュノ)を父母の仇と付け狙うコロスレンギ)であった。
彼は乳母ラヤル・メゴ)から、父母がアルジュノに騙されて、兄妹でありながら契り、その復讐に出て殺された事を聞き、さらなる復讐に来たのだが、そこにウィロト国に向かうイラワンが通り掛かったのだ。

イラワンは父アルジュノによく似ていた。乳母にアルジュノの容姿を聞いて来たコロスレンギは、これをアルジュノと見間違い、空から急降下してイラワン)を倒す。
重症を負ったイラワンも剣を抜き、コロスレンギを突き刺した。二人は相打ちに刺し違えて互いに命を絶った。上空からこれを見たガトゥコチョ)は、急ぎウィロト)国の王宮に知らせた。



35、開戦

ガトゥコチョクレスノ)にイラワンの蘇生を要請したが、クレスノウィジョヨクスモの花()は既に、「ジタブソロの書」()と引き換えにグル)神に渡されていたため、イラワンの蘇生はならなかった。

コロスレンギの後を追って来た、コロスレンギ)の乳母ラヤル・メゴというラクササ女は、コロスレンギの死を知って、敵討ちに乗り込んで来たが、騒動を聞きつけたビモによって討ち果たされた。
こうして開戦を待たず、血で血を洗う殺し合いが早くも始まった。

スリカンディウィロト国に到着し、コラワ軍による先制攻撃を報告。戦闘命令を要請し、舞台は戦場に移る。

パンダワ軍は象・馬・戦車の群れで、太陽にきらめく洪水のごとく進軍した。先頭のビモは象に、続くアルジュノは宝石の散りばめられた戦車に黄金の笠をさし、パンダワの双子、ウィロト国のセト)・ウトロ王子、ドルポド)王とその王子ドルストジュムノ)、アルジュノ)第二夫人スリカンディ)、その姉ドルパディ)、ユディスティロ)、そしてクレスノアルジュノ嫡子アビマニュ)。クレスノ義弟スティアキと続いた。

対戦を前に突如ユディスティロが、武芸と学問の師であったビスモ)やドゥルノ)の前に進み出る。特にビスモには、サイコロ賭博事件後に妻ドルパディを取り戻してくれた恩を戦で返す非礼を詫びた。心ならずもコラワ方となったビスモドゥルノは、ユディスティロの態度に胸を打たれる。

同様に悲嘆の思いに沈むアルジュノを前に、クレスノが又しても巨大な姿に変身し、インド叙事詩「マハーバーラタ」では、ヒンドゥ聖典「バガヴァット・ギーター」を引用して諭す(クレスノ)とアルジュノの二人だけの心象風景のようにも思える)。

初の原爆実験に立ち会ったオッペンハイマー博士が、震え涙して回想した「千の太陽が同時に煌き……我は死神、世界を揺るがし破滅に導きうんぬん」の詩(クリシュナ神の言葉)は、恐らくこの辺りではないかと(^^ゞ。

要約すると、アルジュノは「そんなにデカイ姿に変身できるクレスノなら、一揉みに敵の軍など倒せるだろうに、なぜそれを俺にやらせるわけ?」と渋る。
クレスノは、「どうせ元々あいつらは俺が前世で殺した奴らだから、アンタが殺した所でバチは当たらないし、むしろ英雄の名誉も貰えるから、安心してやっちゃって」みたいな感じかな(^^;)。
殺生や輪廻転生に関する哲学観、武士=クシャトリヤの宿命といった、インド独特の考えが現われるようだが、素晴らしく難解なので、一切割愛(汗)。



36、セトの奮戦

戦闘は開始され、小競り合いの後、ビスモ×アルジュノサルヨ×ユディスティロドゥルユドノ×ビモといった一騎討ちも小手調べ的に行われた。
そしてパンダワ軍は「鋭い雷光の陣形」、対するコラワ軍は「大海の高波の陣形」を取った。双方とも側面からの攻撃に弱く、マツウォパティ)王の第二王子ウトロサルヨ)に、第三王子ウラトソンコドゥルノに殺される。

マツウォパティ王は悲痛な思いを隠して、クレスノに戦闘指揮者に任じるが、クレスノは懐に隠した「ジタブソロの書」に沿って、マツウォパティ王の第一王子セトを推薦する。

山中で苦行するセト王子をアルジュノ)が迎えに行く。
その途中、イラワンを殺し損ねたコロスレンギがまだ生きていて、アルジュノを襲い、返り討ちに討ち果たされる、という話もある。

セトはの山中で、眠りの苦行していた。アルジュノが起こしても起きない。随行した従者スマルは、セト)の足の指と指の間の毛を抜いて、セトの二人の弟(ウトロウラトソンコ)の戦死を告げると、セトは起き上がろうとした。

が、苦行中のセトの髪はボウボウに伸び、傍らの岩に絡みついて苔が生え、容易に起き上がれなかったので、スマルの息子ペトルが武器にしている斧で切った。すると髪に挿していた櫛もともに落ちた。

セトは弟の死に逆上して、仇のサルヨドゥルノを探して戦場に直行した。
これをサルヨの息子ルクモロト)が見付け、従者に矢を放たせたが、命中した矢にセト)は全く堪えず、むしろルクモロトに迫って来た。
ルクモロトは近視で、ひいた弓矢の目標が定まらず、セトはそれを気の毒に思いつつ、多くの兵の損傷を恐れ、ルクモロトを矢で射抜いた。

セトは剛勇にして強靭で、サルヨドゥルノ)も歯が立たず、ドゥルノビスモを総指揮者に任ずるようドゥルユドノに進言。こうしてビスモ)が呼ばれた。

     
  <コメント>
インドでのカルノは、親兄弟への情愛より、主君(ドゥルユドノ)への忠臣を貫いたとして、悪人として扱われるのだそうです。

こういう所、日本だったら逆に「武士の鑑」みたく言われますよね(^^ゞ。
肉親を人質に取られ、それでも主君への忠誠を貫いて肉親を見殺しにした、なんて話が美談として語られますが、こういう所は国や民族・宗教の違いによって、かなり価値観が違って来る所なのかもしれません。

が、インドネシアでも、カルノは英雄として扱われているようです。
「実は親兄弟への情愛ゆえ」という線で「隠れた善人」とされるのかもしれませんし、ここは日本でも「自ら滅んで正義に貢献する」なんて考え方は、どことなく美学としてピッタリ来ますよね(^^ゞ。

いかなる悪人であっても、「主君は主君、自分の今日あるのはドゥルユドノのお陰」と、立場としての自分を貫く点は、原典にも忠実に思えます。

ドルパディがサイコロ賭博の賭けにされた時、カルノは「他の男に嫁げ」と言いますが、そもそもカルノが婿取りの儀で矢を射ていたら、ドルパディはドゥルユドノの妻になっていたわけですから、衆目の場におけるカルノの忠誠にブレは無いのです。

その一方、ここに来てクレスノがカルノをパンダワ側に引き入れようとするのは、「ジタブソロの書」に唯一反しているようにも感じます(笑)。

前回もコラワに腹を立てるあまり、天界から目付けにつけられた神々の意に反して巨大変身し、何もかもブチ壊そうとしたり、こういう、神の意思を実行するのか、それとも個人的な好みを優先するのか、ちょっとハラハラさせる所が、クレスノの愛される所なのだとも思います(笑)。

さて、いよいよ開戦となりましたが、最初に出て来る「戦いのルール」が、個人的には、この先とても重要になって来ると思っています。

勿論、ただ面白おかしく昔話を楽しむだけなら軽く読み飛ばして構わないのですが(^^ゞ、長い歴史の中で、この一族同志の戦争にすぎない話が、なぜ古代から長い間に語られ続けているのかを考えると、やはりここは重要ではないか、と私には思えますので、この先は毎回説明用のリンクをつける事にしました。

ウドウォやスリカンディが正規の武将として、戦いの始まり方に細かくこだわる段も、最初に読むと「鬱陶しい、さっさと戦に入れ」と思いがちなのですが(笑)、特にこの女戦士スリカンディは、女性ながらも戦士とはどうあるべきかをよく踏まえている登場人物に思えます。

長い間、消化されることなく溜まり続けた因縁メモですが、いよいよ今回から消化が開始されますので、わかりやすく、消化された物を赤い字にして行きます。
まだこの先も、少し追加も出て来ますが、だいたいにおいて赤字の方が増えて行くと思います。



<因縁(および誓い)メモ>

ビスモに対するオムボの因縁−02話
パンドゥ一族(つまりパンダワ)へのプリンゴダニ国ラクササ一族の因縁−03話
サルヨに対するパガスパティの因縁−05話
パンダワ兄弟に対するグンダリの宣戦布告06話
スンクニの急所−06話
ボゴデント、クルティペヨ、ガルドパティ、ウレソヨら、飛ばされたコラワ兄弟の集結−09話
ドルポドとドゥルノの確執−10話
ドゥルノに対するパルグナティの因縁−10話
アルジュノパティに対するクレスノの命令−10話
イジュロポ親子の「神に捧げる人身御供」になる約束13話
サゴドロの「神に捧げる人身御供」になる約束−13話
ガトゥコチョの臍に吸い込まれた鞘とカルノの剣の合致−16話
アルジュノに対するジョトギンバル(ラクササ)一族の復讐心−21話
ドゥルユドノの膝を叩き割る、というビモの呪詛−23話
ドゥルソソノの血で洗うまで髪を結わない、というドルパディの誓い−23話
ドゥルソソノの腹を引き裂く、というビモの誓い−23話
ザルの網目の風穴を体の傷に負う、というアビマニュの誓い−27話
カルノの剣に乗り移ってガトゥコチョを死に誘う、というコロブンドノの誓い−27話
クレスノを眠りから覚ました方が戦に勝つ、という天啓−28話
体じゅうの皮膚を剥ぎ取られるスンクニの運命−29話
首を切られるドゥルノの運命−29話
クレスノに言い負かされ、首を切られるカルノの運命−29話
全身を叩き切られるドゥルソソノの運命−29話
クレスノに言い負かされ、太腿を叩き割られるドゥルユドノの運命−29話
千の王よりクレスノを選んだ方が戦に勝つ、というクイズ−29話
ドゥルソソノに無理やり人身御供にされたタルコとサルコの呪い−33話
(※・赤字は終了・太字は今回の話に該当)
 
     



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