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「猫天地伝」
作/こたつむり
〈7章〉48p
「東北の毛の家に行ったとき、私が、どうすれば都のみんなが仲良くできるのかって聞いたら、毛は言ったんだ」
自分もかつてその力の誤用でたいへんなまちがいを犯した。それは自分一人の力だけで事を成そうと焦ったからだ。この世には多くの人がいる。多くの人を視野に入れてみると、そこには民族の利害というものが必ず横たわっている。
故郷に帰れず、都とその周辺に居残っている東南族たちが呼応して何らかの襲撃をなせば、被害は僅少ではすまされない。そうした人たちだけに肩入れしている限り、都にいる者たちから敵視されるをまぬがれない。
人は理想や正義だけで生きてゆくものではない。己一人を生かそうというのではなく、他の多くの人を生かそうとするなら、東南族のことはひとまずおき、王宮に仕えて国政を担って勢力を従え、まずは争乱を収めていくべきだ。
「本当にその通りだったんだ。さっきの二人が言ってることを聞いていて、毛が言ってたことが今ごろつくづくわかってきたよ。それなのに私はいつも目先のことで動いてきた。毛のように、人になんと言われようと、こつこつと地道にやっときゃ良かった」
猫天地はしばらく沈黙し、やがて、
「毛はこうも言った」
と再開した。
人の力は大きい。人々が束になったとき、初めて天は、どうしても動かしがたい運命を動かす仕組みを与えてくれる。
「それなのに、私は人を束ねようなんてことを全然やってこなかった。私に比べれば毛はエライよ。やめりゃあいいのに、私を将軍にして自分はその下でガマンしようって言ってたさ。誰がなんといっても私は毛をエライと思っているのさ」
「エラくても、おまえがそれをイヤだと思っているのなら……」
「イヤなんじゃない。もし私がイヤだって思っても、毛は毛の信じるとおりにすればいいんだ。間違ってなんかいるもんか。ただ私は、楽阜について行きたいんだ。それだけなんだよ」
二柳毛はおのが顔を両手で覆った。手をはなすと、
「猫天地。それは私情だ」
と言った。
猫天地は素直に、うん、と言った。
「わかっているよ。結局わたしはそういう人間だったんだ。政治のことも、こうすればうまく行くって事がいくらわかっても、どうしても寂しいんだ。毛には園慕がいる。東南族の人たちはみんな、園慕にすごくなついている。みんな幸せそうだ。皇帝だって、アタマの悪い私よりよっぽど毛をアテにしている。私は単に、それが面白くないんだ。難しいことをもちだす必要なんかないよ。本当にそれだけなんだからさ。私にはもう……」
美青蘭がいない、と言いそうになるのを猫天地は辛うじてこらえ、
「楽阜しか居ないんだ」
言うや、きびすを返して部屋を出ていった。