「猫天地伝」
作/こたつむり


〈7章〉46p

「どうしたんだい?」
「気を悪くしないでくれ、猫天地」
  そう前置きをすると楽阜は、
「張蒙師をとじこめているのは岱泰(だいたい)の道士たちだと聞いた。岱泰には園扁から流れ込んだ連中も多いらしいが、今言ってるのはことさら妖術の使い手などではなく、れっきとした『道』を伝える先生たちだと聞く」
  岱泰ではこうした博学な者の意見を適時にとりいれて、国のゆくすえを決めているのだが、この道士たちと張蒙師の間は、岱泰に身をよせる元皇帝の処遇をめぐって険悪の仲にある。道士たちは元皇帝を、以前の煕王子と同様に幽閉するべきだと主張し、張蒙師(ちょうもうし)は、
「そのような主張をもって、仙をつむべき者が王族の処遇に口出ししたことから、王朝の乱れは始まったのだ」
  と、太上皇(飯聞帝)をかばいだてした。
  猫天地は、ここで頷く。
「張蒙師の言ってることは正しいよ。私も前の皇帝のことを、はじめは憎ったらしい奴だと思ってたけど、本当は、息子思いのいいお父さんでいられた筈の人だったんだ」
  それが、皇帝などというしち面倒くさい立場にあったがゆえに、親子ゲンカが始まったのだと今の猫天地は思っている。
「ところが猫天地。その、息子である今の皇帝陛下が、道士たちの主張に同意して、父である太上皇を幽閉させるよう岱泰王にたのんだというのだ」
「なんだって!」
「しかも、それを奏上したのは他ならぬ二柳毛だというのが、どうやら巷の噂らしいのだ」
「毛が……」
  猫天地はフラッとよろめいた。酔いがもどってきたせいもあっただろう。楽阜は猫天地の腕をとらえてやり、
「俺が知りたいのはな、猫天地。元皇帝をとじこめようなどという考えを、皇帝陛下がどこまで本気で持っているかなのだ」
  それが本気なのであれば、それは政治的決断という奴なのであり、一介の旅人にすぎない自分がかれこれ口出しする次元をこえている。それに、
「太上皇(飯聞)帝は岱泰がお気に召しているとも聞くのだ。むしろ西国の方が本物の仏教が入って来やすいからだとか聞いたな」
「じゃあ美青蘭を弥勒の再来だとかで追いまわしたのも、そんなに悪気が無かったんだな」
「俺たちにはわからなかったがな」
「閉じ込めてる、閉じ込めてない、どっちが本当のことなんだい」
「そこがわからないのだ。しかし、閉じ込める事に反対したがために我が師が幽閉の憂き目にあっているというならば、皇帝も二柳毛も、俺にとっては決して正義の味方とは思いにくい」
「どうすればいいだろう」
「俺はひとまず先に岱泰に旅立って、本当のところを早く確かめたいのだ。将軍というおまえの地位をアテにするわけではないが、おまえには、できるだけ多くの味方を引き連れて後から駆け付けてもらいたい。俺はともかく、師にもしものことでも起きたなら、そのときは……」
「わかったよ、楽阜」
  猫天地はそこで首をふって、言葉の先を待たなかった。
「軍隊でも何でもひきつれて……もしもそれがウマくないんなら、その時は身ひとつでも、きっと助けに行く」
  楽阜(がくふ)はうなずき、すぐに旅立つべく支度をはじめ、猫天地はそれを手伝った。

  楽阜が旅立ったことを猫天地に聞くと、楽阜の郷友、麻亜(まあ)と霙和(えいわ)はがっくりと肩をおとした。
「自分もついて行きたかった」
  と言い募る麻亜は、細身だが精悍な若者である。
「いや、元々われわれが楽阜の足手まといだったのだ」
  そう言って麻亜をさとす霙和は、頭髪がうすく前歯が欠けているため、年令より老けて見えた。頭髪はともかく、前歯は、郷里を東南族に襲来されたために、難をのがれて放浪したあげく栄養失調にかかって抜けおちてしまったという。
  猫天地は二人を励ましつつ、二柳毛のところへ連れていった。
  二柳毛は二人を快くひきうけてくれた。しかし楽阜の要請に関しては、首を縦にはふらない。
「軍とは私(わたくし)するためのものではない」
「わかってるよ、毛」
  猫天地はアッサリとひきさがる。予測できていたことだった。どうせ言ってみただけだと思い、
「将軍はやっぱり辞めるよ」
  まずは身軽になった上で散鬼に応援を頼み、それもダメなら一人で楽阜のあとを追うしかない、と猫天地は決めた。ところが、猫天地(ねこてんち)のそうした考えを見抜いたように、二柳毛は冷たく、
「辞めたければ辞めるがいい。たとえ辞めても、岱泰には行かせないぞ」
  と、しかも、いつになく凄んだ。
「ちょっと待って下さいよ」と、麻亜が口を出す。
「一体なんなんだ、この成り上がりが」と、霙和も黙っていない。
  猫天地は急に入った横槍にびっくりして振り返り、
「成り上がりって? 毛は私の先生なんだよ」
「しかし猫将軍のお陰で出世したとか? それが恩人に対して命令している」
  麻亜はまず二柳毛(にりゅうもう)の礼儀について不服をとなえ、
「そうか。こいつが二柳毛って奴か」
  改めて一人ごちてから、喧嘩ごしに睨みすえる。
「評判が悪いらしい」
  二柳毛には、特別おどろいた様子はなかったが、麻亜は、
「ああ、悪いですね」
  と、売り言葉に買い言葉である。となりからは、顔付きのやさしい霙和まで肩をつきだし、怒りをあらわにしながら、
「あんたが二柳毛か。聡明ともっぱら評判の皇帝陛下をたぶらかす侫奸だとの評判だが、なるほど、こうやって皇帝の義弟である猫将軍を上手に丸めこむのがコツってわけだな」
「かつての妖術使いの再来とか言われているが、本当にその通りだったな」
「あんたは猫将軍が東南族に同情を寄せているのを、いいように利用しているんだ。なるほど東南族はずいぶん優遇されているようだが、彼らはしょせんは少数民族だ。少数の者を優遇するのはたやすい」
「しかしその煽りを食らって、俺たちは未だに故郷にすら帰れない。故郷はあいかわらず荒れ果てたままで、皇帝も役人も何もしてくれないからだ」
「それなのに、皇帝はその俺たちをおいて南の地に行こうとしているんだ。東南族だけを連れてな。俺たちなんざ、土地ごと岱泰王に売り渡そうってワケだ。それもこれも、あんたが皇帝陛下や猫天地将軍を言いなりにしちまったせいだ」
「知っているぞ。あんたは岱泰王と結託して王朝をのっとろうとしてるんだ。追い出すのは俺たちだけじゃない。本当は皇帝をも民からひきはなそうとしているんだ」
「結局あんたは自分より皇帝の気に入られそうな人間や、自分より権力を握りそうな人間を皇帝から遠ざけたいんだろう」
「そうだ。皇城の中にのうのうと居るだけで、人の苦労が救えるようなフリをしてもらってちゃ迷惑だ」


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