「猫天地伝」
作/こたつむり


〈5章〉34p

  これを聞いて、さすがに美青蘭(みしゅらん)も考えこみ、せめて自分も張蒙師のところへ連れていってほしいとだけ頼んだ。
  猫天地は聴き入れ、二人はともに抱虎山に発ったのである。
  抱虎山には、いぜんと変わらずに大きな洞窟が奥に控え、その入り口には例の大鷲がいた。暇をもてあそぶように翼を広げたりたたんだりしていたが、猫天地を見ると大きな奇声をあげてはしゃぎ、来訪を喜んでくれた。
  張蒙師は洞窟の中で瞑想していたが、やはり猫天地の来訪を笑顔でむかえ、弟子の妻となった美青蘭にもこころよく座を与えてくれるのだった。
  ところが猫天地が依頼事をもちだすと、その説明をする間じゅう首をかしげ、話し終わると、
「猫天地や」
  訝しそうに、まじまじと弟子の顔を見詰めて、
「おまえは一体、いつから政治のことに口出すようになったのだ」
  と言った。
  猫天地はその問いにハッとし、
「張蒙師は仙人だから、そういうことが嫌いなのはよく知ってるよ。でも毛は、今度は天戒師も助けてくれないだろうと言うのさ」
「そうだろう。天戒師(てんかいし)は理を知る優れた仙人だ。師は楽阜の要請ゆえに前回は山を下りられた。このわしもそうだ。あの折は都の人々の命がかかっていた。しかし今回はどうじゃな」
「でも煕皇子は……」
  猫天地が言葉をつぎたそうとすると、張蒙師は手をふって、
「猫天地。おまえは政治には不向きだ。わしはむしろそれで良いと思っている。術を受けた者は純粋でなくてはならない。あくまでも無垢でなくてはならない。それゆえに今までは、おまえに余計なことを言わずにきたのだ。しかしおまえが、その余計なことに首をつっこもうとする以上、この国の命運について言っておかなくてはならないだろう」
  張蒙師はそう言い、深いため息をつくと、ふたたび言葉をつなげた。
「いずれこの王朝は滅びるだろう。紅賈王を救い出したところで付け焼刃にすぎない。西国の岱泰王とその諸侯は紅賈王を時には祭り上げているものの、所詮は良いように利用してこの国につけいる隙を狙っているだけだ。異民族に荒らされて住みにくい西国に見切りをつけ、かわりにこの国を奪取しようという魂胆なのだ。欲しい物を手にすれば紅賈王を傀儡皇帝に仕立て、結局は異民族をけちらすだろう。問題の解決にはならない」
「そ……そうだったの?」
  あまりに意外な真相に、猫天地はその後、絶句して声もでない。代わって、同じく衝撃をうけている美青蘭が、
「では、東南族は結局、そうした事柄に利用され翻弄されるだけで滅びてゆくのでしょうか」
  声をふるわせて聞いた。
「そういうことだ」
「納得がいきません」
「何を言う」
  猫天地の見守る前で、こんどは美青蘭と張蒙師(ちょうもうし)の問答がはじまった。
「もしも天が定めた運命だというのなら、私はそれに逆らうだけです」
「仙女が天に逆らってどうなると思う」
「死ぬかもしれません。それならそれで構いません」
  猫天地は仰天して、
「死ぬ! ダメだよ、そんなの」
  言葉をはさんだが、美青蘭は猫天地の顔を見て、
「もはや誰かの力を頼ってはいられません。西国の妖気は私が退けます。万に一つの望みでも、紅賈王を助けることで東南族に光が与えられるのなら、私はむしろその方向に懸けてみたいのです」
  猫天地は一瞬、あっけにとられたが、すぐに、
「私は美青蘭のそういうところが好きなんだ」
  師を前に、臆面もなくそう告白し、
「わかったよ、美青蘭。私も皇子を助けるよ」
  事は決まったとばかりに立ち上がる。すると、
「良かろう。美青蘭とやら」
  張蒙師も、ゆったりと立ち上がり、
「死んでもよい、というその心意気が気にいった。ひとたび仙を得た者には、えてしてその覚悟だけが無くなるものだが、そなたたちにはそれがある。ならばこのわしも、動かぬものを動かしてみよう」
  と言って洞窟を出ると、大鷲にむかって歩み寄り、
「おまえにも、いよいよ出番がやってきたぞ」
  優しくその頸をなでてやった。
  大鷲は嬉しそうに雄叫びを発し、なでられた頸をブルンとまわすと、猫天地と美青蘭の間におのが顔をはさみ、ゴシリゴシリと音をたてて双方に我身をこすりつけた。


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