「猫天地伝」
作/こたつむり


〈2章〉11p

  ある満月の夜に事件は起こった。
  この夜、一人の修行者が何日も断食をしたあげく山の頂にのぼりつめて、月から清水をいただく方術をとりおこなっていた。
  なかなかにむずかしい技術であり、満ちたりとはいえ月のご機嫌がわからないとうまくはいかないのである。又わかったところで月は女人のように気分が変わりやすいから、今なら水ぐらいあげてもよい、という頃合を上手にとらえて、その気分を保たせつつほたりほたりと一滴づつ垂らしてもらう。だから、底に八卦鏡(八角形の鏡)を敷いた盤上を、溢れるばかりにいただくまでには、ずいぶん粘り強く行わなければ果しきれない。
  彼がこれをやっている間に、他の修行者たちはいそいで丹に必要な材料を練らねばならない。清水は材料を調合するさいごにいっとき使うのであって、丹のほとんどは、これまた苛酷な修行をくぐりぬけた者にしかできぬ技を駆使してほどこされる。
  ところで本来なら、この一連の作業は一人で執り行われるべきなのである。それを数人でおこなうのは、一人では物理的にどうしても無理だからだが、数人でおこなうからには一人でおこなうことと条件が同じでなくてはならない。すなわち、かかわる修行者の意志や感覚が一糸乱れずととのっていることであり、しかも作業中は無言が原則であるから、口をきいて意思確認をするなど、もっての他ということになる。
  そこで、同僚の性癖や行動原理を熟知している相性のよい者同士ばかりが選ばれるのは当然だが、何か不都合のおきたときなどの気配を察知できる能力を磨くのが不可欠の要素となり、ほとんどの修行者たちは、まずこれがために気の鍛練に多くの月日を重ねると言ってもよい。これは群れをなす動物が、遠くにいる仲間の危険を察知できるほどの能力に近い。
  これを受拝水をおこなっていた修行者が察知したのである。
  同時に、プツリと水は滴ってこなくなった。気を悪くした月は、すぐさま雲の衣をまとって姿を消し、あたりは真っ暗闇になったのだが、丹調合に選ばれるほどの熟練者であるから、暗闇にも全くたじろがずにすばやく道無き道を下り、懸念される調合場に急行した。
  果してその場の修行者たちはすべて打ち重なって気絶しており、そのうち二人ほどが全身を大火傷に侵されていた。火傷の原因はすぐにはわからなかったが、月をあおいでいてたった一人被害をまぬがれたその修行者は、まず負傷者の手当をおこなってから、成就の報をまつ天戒師(てんかいし)のもとに調合失敗を告げに走った。
「原因は」
  天戒師はかかわった六人の修行者すべてを前に並べ、冷たくも穏やかでもある声を放った。
  居並ぶ者はみな首をかしげ、どこといって不都合がなかったと口々に答えるのだが、ただ一人、月水をあおっていた例の修行者のみが首をふり、
「臭いだ」
  と、答えた。
「ほお」と天戒師。
  師といえども年がら年中食事をしないわけではないから、このとき一ヶ月も絶食して月の気にまで敏感になりえているこの修行者ほどに今は鋭敏ではないのか、何しろ天戒師が殊更に反応しないので、その修行者はつづけて、
「この中のだれかが五辛を口にしたのだ」
  と指摘するに到った。五辛(又は五菜)とは、韮、薤、葵、葱、カク、のことで、通常なら食べただけで臭いが常人にすらわかってしまうものだが、仙をつむ者は、身についたおのれの臭いをうまく消す技術を会得してしまう場合がじつは多く、食べたことが表にはわからないまでに出来るものである。
  それゆえに調合場の仲間にはそれが見抜けなかったのを、月に詣でた一人のみが感づいたのである。
「五辛を得れば、調合の勘がにぶる」
  何らかの化学反応によるか神の怒りによって、材料の何かが火を吹いて炸裂し、仲間に迷惑をかけたのだと断じられた。

  天戒師がようやくに二柳毛と猫天地をわがもとに呼び寄せたのは、この事態によってであった。
「元々、五辛はこの山の中には作られぬ」
  天戒師が一声放つと、まってましたとばかりに上級の修行者たちから、
「きっと商人から、種か苗を貰ったのだろう」
「そうだ。商人とはこすっからいが俗人であるから、情にほだされれば無料の品をわけ与えたりするものだ。無料であれば台帳にのせることもないから、我々にも知られず手に入れられる」
  食った自分たちのことは棚にあげて、遠回しながら猫天地の畑を指摘する。
  もともと物事は、人の罪を追及するより、罪となりうるものの禍根を断つ方がうまくすすむから、修行者たちも遠慮なく今までの問題点を口にしはじめた。要約すれば、
「二柳毛の村からたちのぼる煙りが修行場の空気を乱し、夜の宴のおどり騒ぐ声がうるさくて眠りをさまたげられる」
  などと、これまでにもあげられた陳述であったが、
「何よりまずいのは、修行者たちがしだいに猫天地に感化され、俗っぽくなることだ」
  と、精神論にまで言及されるや、二柳毛は黙っていられなくなり、
「猫天地には、楽仙の才があるかと思われます」
  と才気走った論を口にした。
  居並ぶ一同、何を言い出すのだ、とあっけに取られ一瞬黙る。二柳毛は確かに音楽を奏でる才能を認められ、その一事をもって、今こうして仙山において天戒師に弟子の座を許された態を保ってはいるものの、二柳毛自身が他人の才能を云々いう立場にあるとは誰も思ってはいないのである。
  しかし誰あろう二柳毛自身が、この事はよくわかっている。反論がはじまれば劣勢に立たされるのはわかりきっているから、論より証拠とばかりに、ドンと琴を我がひざの前につき立てるしか手だてがない。
  無理強いに立たされた猫天地(ねこてんち)ではあったが、やがて二柳毛のジャンジャン弾きならす琴の音と歌声にはげまされ、いつもの調子をとりもどすと、クリンとした目で天井を見上げ、両手を広げて発声するや、とん、と足で床をつく。
  侃々諤々の修行者たちも、これには声も出ぬほど驚嘆した。やがて、猫天地の踊りをはじめて見た上級者の顔色が染まってゆき、楽仙の印象にはほど遠いながらも、書物でしか見た覚えのない甘美という言葉とはこうした気分か、とばかりに見惚れ、やがてこれだけは続けて見惚れていたい気分があたり一帯広まると、おたがいが、踊りへの妨害を禁じはじめてしまった。
  それゆえ、ここまでは良かったのである。
  問題だったのは、二柳毛と猫天地に味方をする今や仲間とよんでもいい修行者たちが、二人を心配するあまりにこの場をのぞき見していたことで、これが二人にとって悪く影響してしまった。
  彼らは、師と上級者の居並ぶ広間の後方にあって、調度品などの影に隠れながらも、いいぞ二柳毛、がんばれ猫天地とうなずき、熱心に見守っていたのである。それが、音と踊りが佳境に入るにつれ、黙ってひっこんでいる気がしなくなってきた。
  それ、とばかりに、一人二人と飛び出しては歌い、ともに踊っては囃したてる。それを上級者達は、さすがに眉をひそめ、あるいは天戒師の顔色をうかがい見る者もいたが、不思議と天戒師はおだやかに黙したままなので、そのうち誰も止めなくなり、続いて調度品の影に潜んでいた残りの弟子達までこぞって踊り出、ついに乱痴気騒ぎを展開する。
  これを見るや、さらに喜色を体じゅうから発散させる猫天地。
  おもむろに裾をまくりあげ素足を淫らに放りあげては、踊りを見る見る速め、応援に入ってくれた修行者たちと次々にもつれあう。これに慌てた二柳毛が楽の音を静かな流れにもっていこうとするのに、猫天地ときたら、
「なんだ、毛。いつものヤツをもっとやろう」
  などと呼びかけて憚らない。
  猫天地としては当然そこまでやりたかったのであるが、上級修行者たちとしては、そこまでやってほしくはなかったのである。
  果してその中の一人が、業を煮やして立ち上がり、
「やめろ!」
  と、大声をあげて、このバカ騒ぎは打ち止めされた。


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