「光の情景」
作/こたつむり


〈第8章〉13
 
「じゃあ、入沢君チとウチと実家とで、しばらく交替で由有子を預かるって言うんでもいいわね」
  私は君子の言葉を思いだしながら、クスッと笑って入沢に言った。
「ただ先生が、いつアメリカに戻って来るかを決めてからでないと、向こうの予定も立たないかもしれないから、その辺はやっぱり決めないといけないだろうなあ」
「私が話すわ。先生に話すわ」
  どうしてアメリカくんだりまで行っておいて、先生にそう言わなかったんだろう。今更に情けない。しかし今、入沢に同意を得るまでは、どこか自信がなかったのだ。それが我ながら、その時になってわかった。
  アメリカにひとまず電話した。先生は、
「由有子は確かに日本に一度帰した方がいいと思う」
  と賛同してくれた。しかし詳細について私が持ち掛けると、
「その辺の事は、由有子と相談してから決めるから……」
  の一点張りで、私にも触れさせてくれなかった。私と入沢とで、代わるがわるアメリカに行き、由有子の様子を見た揚げ句、日本に戻すべきだと主張したのだから、先生もあまりいい気持ちではなかったのかもしれない。私と入沢が連絡を取り合って相談を重ねた結果、先生に譲歩を迫っているように取られても仕方がない。いかにも先生一人に由有子を任せておけないから、我々が面倒を見ると言ってる感じだ。
  由有子は関沼先生の妻なのだ。先生にこっちはこっちで話し合って決めたい、と出られると、私にもそれ以上口出しはできない。ただ今までもそれで結局埓があかなかったのだ。それと私には、由有子の帰国はいついつまで、とあんまり限定しない方が、今の由有子の精神状態にはいいような気がしていた。入沢もそれには賛成してくれている。
  由有子は電話に出ると、
「私、やっぱり関沼を置いて行くわけにもいかないのよ」
  と、かなり冷静な態度で大人らしい事を言った。
  ただし、以前もそういう事があったが、この時も彼女は声をひそめている。たぶん関沼先生がそばで聞いているのを気遣っているのだろう。自分の方が面倒をかけている状態、という事になっているのに、実は夫を置いて行くのが不安だ、などと由有子が言うのを聞けば、プライドの高い先生が心外に思うのかもしれない。
  こりゃあ大変だな、と私は思った。先生には悪いが、先生のいない時に話しをした方がいいかもしれない。
  ところが、現在は先生のいない時に由有子と電話で話しをする、という事はできない。先生は毎日家にいるのだ。
  アメリカに行って由有子と話してから、ずっと思っていたのだが、私には、由有子が日本についてだけでなく、亡くなった雄一の事を誰かに話したがっているように思えた。別に由有子は雄一の事を話しても、メソメソ泣いたりはしなかった。
  そりゃあ、あんなにかわいがっていた子供だから、その死を悲しいと思う気持ちは強いだろう。しかし、由有子の場合は泣くために、というよりは、気持ちの処理をつけるために雄一の思い出を、誰かに語りたがってるような気がした。
  ところが、あの家ではなんとなく雄一の話しはタブー、という雰囲気がなくもない。その雰囲気が、関沼先生によるもののように、ちょっと思える。それが先生自身が子供の話しをされると悲しいからなのか、先生が由有子の気持ちを思いやってそうしているのかは、よくわからない。
  ただ、由有子が子供に買った絵本などを、先生が捨ててしまった、と手紙で聞かされた事がある。由有子が子供の事でいつまでも悲しみに暮れているのを、なんとか早く立ち直らせようとして、先生が子供の話しを禁止してしまったのかもしれない。
  確かにいつまでも感傷に浸っているのは良くないとは思うが、私には、今はまだ由有子に、たっぷり雄一の話をさせてやりたいと思う。雄一の事だけではない。今、由有子に心に溜まっている総てを吐き出させてあげたかった。
  私はこれはなんとかして、早いうちに由有子を日本に連れ出すしかないな、と思った。日本に来てしまえば、毎日でも由有子と本音で話し合える。
「でも、離れていても夫婦は夫婦よ。由有子だってそう言ってたでしょう? いつか手紙で」
  今回、由有子が日本に戻って来たら、もうアメリカへは戻って来ないとでも先生は思っているのかもしれない。
  しかしそんな筈はないではないか。実家に帰ると言っても、離婚だの別居だのという意味ではないのだ。由有子には、日本で実家以外に身を寄せる所がないからだ。今までだって日本に帰って来る時には、いつもそうしてきた。
「離れていても夫婦は夫婦」
  由有子は私の言葉を繰り返した。
「そうよ。私だって何かあって用田と別れて暮らす事になっても、由有子を見習って私は私の生き方をして、それでも夫婦としてやって行こうと思っているわ。別れて暮らしていても、どこかでつながっているものだと思うわ。由有子が日本に住んでいるからといって、先生を見捨てたって事にはならないと思うわ」
  私はこの時、心底そう思った。
  鷹子との一件は、どうやら入沢夫婦の間にそれほどヒビも歪みも入れてはいないようだった。それは君子の鷹揚さが、美樹より大きな役割を果していた、というだけではなく、美樹の時に比べると、入沢の対応がずいぶんと積極的だったからだとも思えた。
  美樹の時には、入沢には家庭に無責任な所があったが、今回は私にも詫びてくれたし、グンと前向きな姿勢で対応した。理恵とは距離を置き始めたし、君子にも鷹子の事を話したと言っていた。君子も君子で、
「そんな事だろうと思ったわ」
  と、それほど気に病んではいなかったようだが、話してくれた事には素直に喜んでいたという。こうした入沢の姿勢には、妻を思い、家庭を守ろうとする意志が感じられる。
  由有子にしても、関沼先生にことを分けて自分の気持ちを説明すれば、夫婦に生まれつつあった距離を、かつては縮められたではないか。
  お互いにそうした努力をし続ければ、いつか先生も由有子を理解してくれると私は信じたい。由有子が日本に帰ってきて、日本にどうして住みたいのか、日本で何をしたいのかを考え、先生に説明すればいいじゃないか。アメリカにいていくら考えても、発想の土壌を得なくては説得力が出るとは思えない。
「そうね、私も彼に話してみるわ。ありがとう」
  由有子はちょっとヤル気を出したような声で私にそう言ってくれた。私もまたアメリカに行くと約束した。
  この前渡米したおかげで、若干お金がかかってしまったが、結婚して以来これといって贅沢はしていない。というより、夫婦揃って忙しくてたまる一方であった。いわゆる働くだけ働いて、たまった金の使い道を知らない日本人的傾向である。
  しかしこれぞという所には使うつもりだった。私は今度はなんとか時間を合わせて、夫婦揃って渡米しようと思っていた。由有子を迎えに行きたいし、夫にも今度は行かせてあげたい。由有子の言っていたサンディエゴに今度こそ行くぞ、と思っていた。
  ところで理恵だが、案の定彼女は、
「入沢センセエは最近冷たい」
  と不平を言い始めた。
  もとより私はそっぽを向いて取り合わなかったが、どうもこのごろ理恵の周りで縁談が持ち上がっている。相変わらず理恵は、
「結婚はしたくねえなあ」
  と言い続けている。
  なんとなくわかる気がする。由有子など見ていると、結婚が足枷になってしまったという感じは、どこか拭いきれない。
  しかし、いつか美樹の言っていた言葉ではないが、夫婦としてスタートを切ってしまった以上、どこまでも夫婦としての人生を試行錯誤していかねば、何も切り開かれはしない。
  だいたい理恵のように、人の旦那にちょっかいを出してその場の快楽を貪っていても、いつか終わりが来る以上、やはり適当な所で年貢を納めた方がいいぞ、と理恵に年寄り臭い事を言う私ではある。
  入沢はこのところ、研究に身を入れ始めている。今度、又転勤があるそうだ(たった今、君子に聞いたばかりだが)。又々忙しくなるのだろう。当分由有子の事を相談する暇もないかもしれない。ただ、以前美樹の時そうだったように、仕事に入れ込みすぎて、夫婦仲がおかしくなるような事だけはないように思える。
  由有子が日本に帰って来る日……それを私は思わずにはいられない。由有子にとっても入沢にとっても、心温まる家庭生活の訪れ、続く日を祈って、今日の所は筆を置こう。
 
 
 

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