「光の情景」
作/こたつむり


〈第7章〉7
 
  由有子はアメリカでもよく弾いているらしい。私の実家にあったクラビノーバを弾いて以来、これは良い、という事になって、自分も買ったと言う。由有子は不眠症だ。関沼先生がいる時は、
「なるべく寝る習慣をつけた方がいい」
  と言われてたんだが、今はそういう人もいない。雄一が寝た後、眠れないと夜中にヘッドホンをつないでガンガン弾きまくるそうだ。
「芸術だの何だのは置いといて、もうストレス解消か自己満足です」
  なんて手紙に書いていた。由有子は人に、
「何ていう曲?」
  と聞かれて、
「作品○番○○調」
  などと答えて、我々のような無知な者共の口をアングリさせないためにか、有名で曲に名前のついてるもの(俗称だが)を選んでくれているように思う。続いて弾いたのが「雨垂れ」、最後がノクターンだ。
  ノクターンも、実は「作品○番〇〇調」の世界だが、この曲はあまりにも有名で、私は以前ショパンのノクターンというのは、この一曲を指すのだと思い込んでいた時期があった。ノクターンの「二番(変ホ長調作品9ー2)」というもので、我家の電話のお待たせオルゴールもこれだ。
  由有子が頼まれたからといって、三曲も続けて弾いてくれるのは珍しい。彼女が弾いているうちに食事が運ばれてきたのだが、由有子は構わずに弾き続いた。余程気分が良かったのか、理恵の圧力に負けたのか……。中でも「雨垂れ」の盛り上がり部分は迫力があって見事だった。
  曲の途中で入沢は驚いたように私の方を見た。私も入沢と目を合わせてちょっと首を傾げた。
  理恵の事である。理恵は「子犬のワルツ」の後、由有子に、
「わあ、見られてると緊張しちゃうわ」
  と言われて、そこをはずしたんだが、私たちのいるテーブルについてもなお、由有子の弾いてる姿に見入っている。理恵の椅子はピアノに背を向けて置いてあるのに、椅子の背もたれの部分にしがみついて見ている。由有子が弾いているのはともかくとして、理恵がそんな風だから、私も入沢も食事に手をつけにくい。
  どう見てもいつもの理恵らしくない。理恵はだいたい音楽にはそう興味がある方ではない。それに人前で物事に執着する所を滅多に見せない。理恵の真意が図りかねたし、由有子が理恵をどう思うかと思うと気が気ではない。
  それでその夜、松本より少し奥に入った所にある温泉宿に着いて、由有子が実家に電話をしに行ってる間に、私は理恵に向かって言った。
「ちょっと、なんで由有子の事ジロジロ見んのよ」
  理恵は、
「見てないわよ」
  といつもの口調で言い返してきた。
「見てんじゃないのよ」
  と私もいつものように指摘した。すると理恵は、
「そう? そうか……」
  と、いつになく素直に認めた。そして、
「わかった。悪かった」
  と珍しく簡単に謝った。その言葉の通り翌日からは平素と変わらない態度で振る舞った。特に誰に意識を集中させるでもなく、普通に。
  その日は長野の善光寺に行った。それまではシーズンを避けた甲斐あってどこでも人ごみに会った事はなかったのだが、ここは結構混んでいた。そんなに広い寺でもないのだが、入沢が、
「由有子、はぐれるなよ」
  と笑って言った。入沢の話しでは、中学生の時、成田山に二人で初詣でに行って、由有子がはぐれてしまったと言う。
「大丈夫よ。前この辺に住んでたんだもの」
  と由有子は言う。そう言えばそうだった。理恵が聞いた。
「じゃあ友達とかいるんだ。この辺に……」
「私がいたのは松代だったから……でも、この辺にもよく来たわ。お父さんは長野の営業所だったんですもの」
「自分のいた辺り見てみたいでしょう」
「そうねえ」
「行ってみようか」
「無理よ。明日は戸隠でしょう? いいのよ、みんな懐かしいんだもの。どこへ行っても嬉しいわ」
「いいわよ、戸隠なんて私たちはいつでも行けるんだからさあ」
  と理恵は、お構いなしに言い放つ。
「でも、宿に帰れるかしら」
  私は心配な事を言った。自動車でしか旅行した事のない私には、地元の電車の終電や連絡の間隔が不安だ。それでその後、荷物を預けてある宿泊予定の旅館に戻ると、理恵が旅館の人に聞き始めた。
  私は驚いた。やけに親切じゃないか。もっとも理恵は一度思い付くと、とことんのめり込む性格だし、由有子も、
「みんなが行ってもいいなら、私案内するわ」
  と乗り気になってきた。なんと言っても元地元だ。由有子にまかせた方がスムーズに行くだろう。由有子が、松代は翌朝に廻しても、翌日の帰りはそう遅れないと言うので、その日は予定通り長野を見て回った。
  ところがそれどころじゃなくなった。その夜、宿に由有子の家から連絡があったのだ。
「どうかしたの?」
  部屋に戻ってきた由有子に声をかけると、由有子は、
「雄一が……」
  ペタンと床に座ってしまった。
「雄一が熱を出して……」
「ええっ! アメリカから電話が?」
「ええ、たいした事はないらしいんだけど……」
  理恵がすぐに入沢の部屋に連絡に行った。私は由有子をなぐさめた。
「大丈夫よ、きっと」
「ええ、関沼もたいした事ないだろうって言ってるらしいんだけど、向こうに(関沼先生と雄一はインディアナにいる)電話しても今はいないのよ。どうしたのかしら……」
  入沢がすぐに私たちの部屋に来た。来るなり、
「由有子、すぐに帰れ」
  と言った。
「でも……」
「いいから、すぐ帰れ。俺も行ってやる」
  入沢は由有子の腕を引っ張った。由有子も引かれるままに部屋を出て行った。残された私と理恵は顔を見合わせた。
「ねえ、あの人の荷物まとめた方がいいんじゃない?」
  理恵が言った。
「そうね。長野駅までタクシーで行った方がいいわよね」
「うーんそうだなあ。その方が早いだろーな」
「じゃあ私、呼んで来るわ」
  私は部屋を出て、階下に降りた。タクシーを呼び付けて戻って来ると、理恵が入沢の部屋の前で立っている。私が中に入ろうとすると、ひょいと通せんぼのような事をする。顔がおどけている。
「ちょっと、そういう場合じゃないでしょ」
  と、私が腹をたてて言うと、理恵は何食わぬ顔をして、
「あんたの荷物とあの人のと、見分けがつかないのよ。来て……」
  と言って、私の腕を引っ張った。部屋に戻ると早速二人で荷物を片付けはじめた。
「このタオルあんたの?」
「そうよ。由有子のは上着だけだわ」
「この紙袋は?」
「ああ、お土産だわね。後で送ればいいわ」
「そうだね」
  ……とやっている所へ、入沢がノックして入って来た。
「二人とも悪いけど、やっぱり俺と由有子だけ先に帰るから、清算してもいいかな」
「わかったわ」
  と言って入沢の後ろを見ると、由有子が立っている。
「ごめんなさい。私のために計画してくれたのに」
  と言う顔がちょっと赤い。あ……泣いたな……と思った。
「いいのよ。はい、荷物」
  と渡すと由有子の代わりに入沢が受け取った。
「ありがとう」
  以前にもこんな光景を私は見ている。関沼先生の後を追い掛けて行け、と入沢に言われて、由有子は泣き出してしまったのだった。今も帰った方がいいと説得されたんだろう。由有子は私たちに気を使わせまいとしていたが、おそらく、一刻も早く帰りたかったに違いない。無理もない。
  雄一の面倒を見ているのが関沼先生だけでは、由有子も何かと気が揉めるだろう。先生は仕事があるし、カリフォルニアでの事ならともかく、インディアナでは、由有子の知っている病院もない。子供の面倒を見慣れている由有子の奥様友達もいないから、先生が大学に行ってしまうと雄一は一人ぼっちで寝てなきゃならない。いくら腕白坊主でも三才の子供だ。由有子の心配は極に達していた事と思う。
  旅館に来たタクシーに乗り込んで、入沢と由有子は行ってしまった。残された私と理恵は、取り合えず部屋に戻った。
「私も帰ろうかなあ」
  と私が所在なげに言うと。理恵は、
「ええー! もう一泊してこうよ」
  と言って引き留めた。


 

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