「光の情景」
作/こたつむり


〈第6章〉1
 
  二か月後。突然、理恵が私の家に押し掛けて来て、遊びに来ていた友人どもに人払いを命じた。
「ちょっと何なのよ。みんな帰らせちゃってさ」
  私はアレヨの間に、遠慮して帰ってしまった友人たちを見送った後、理恵に食ってかかった。
「それどころじゃないわよ」
  理恵も負けないくらい憤っている。
「あの女。どういう神経してんのよ」
  と彼女は大袈裟な身振りで叫ぶ。
「あの女って?」
「堀内鷹子よ!」
「どうかしたの?」
「どうもこうも、ひっどい事するわよね」
「どうしたのよ」
「どうしたと思う?」
  と言って理恵は私を睨みつけた。
「入沢君の事?」
「まあね……」
「何よ。入沢君と結婚するとか言い出したわけ? あんたいいって言ったじゃない」
「違うわよ。そんな事ならどうだっていいわよ」
「じゃあ、何なのよ」
「あの気違い女! 太一にチクッたのよ。入沢先生の事」
「太一? あんたの昔の彼? 別れたんじゃないの?」
  太一とは、理恵の以前の恋人で、別れたと私は聞いていた。
「そうよ。でもね……」
  と言って、理恵はやや決まりの悪そうな顔をする。
「最近ね、私に電話してきたのよ。アイツ」
  アイツとは、その恋人の事だ。
「それで?」
「うん。彼女作っていいかなあ、って聞いてきたのよ。アイツもバカよね」
  と言いつつ、満更でもないような顔をする。
「あんたって女は……」
  私も思わず呆れた。
「イヤだって言ったんでしょう?」
「違うわよ」
「じゃあ、いいじゃないのよ。入沢君の事を話されても。じゃあ、その太一君にはもう恋人がいるんでしょう? 彼女が」
「いるわけないじゃないよ」
「どうして?」
「アノ男は私の事が好きなの」
  理恵はヌケヌケと言う。私は溜息が出た。
「あんたが彼女なんて作らないでって言ったからでしょう? わかってんのよ。あんたがそう言った事ぐらい」
「言っちゃイケナイ? だって、アイツは私にそう言ってほしかったんだもの。私はね、あの男の気持ちを思んぱかってやったのよ。これは親切というものだわ。救済かな?」
「生殺しって言うのよ」
「生殺しだあー? どうしてえー?」
「まあ、そんな事はどうでもいいわよ。それで、そいつとよりを戻した……と、それで?」
「バーカ、よりなんて戻してないわよ。それなのに、堀内のバカが、わざわざ、
『この人には好きな人がいるんですよ』
なんてチクッて、別れさせよう、みたいな余計な事すんのよ。イヤな女だなあ、ああいう女って、絶対いい死に方しないと思うね」
「よりを戻してないなら、何言われたっていいじゃないの」
「ルールってもんがあるでしょう? ルールってもんが……。何であの女が太一にそんな事言わなきゃならんのよ。変じゃないの。ねえ、あの女ってさあ、神経じゃなくってアタマがやられてるんじゃないの?」
「知らないわよ、そんな事。お茶飲む?」
「コーヒーでいいわ」
「でいいわ、じゃなくて、コーヒーの方がいいわ、でしょう? 私はね、お茶飲む? って聞いたのよ」
「ちょっと話しをそらさないでよね」
  理恵は、私から茶の缶を取り上げた。そしてスパンと蓋を開けると、腹を立てているわりには丁寧に急須の中にお茶っ葉を入れた。
「こんなもんでいいかなあ……」
  などと言いながら、自分でお茶を入れてる。おかしな女だ。どんな事があっても、腹たち紛れに物を壊すとか、お茶っ葉を入れ過ぎる、という事はしないのだ。器用な奴だ。揚げ句の果てに私が、
「それで、その太一君とやらは、あんたに見切りをつけたって言うわけ?」
  と聞くと、理恵は、いきなり来て人払いまでしたくせして、お茶を入れるくらいの事で、今までしてた話しを忘れてたかのように、
「あ、そうそう、その話しだったわよね」
  などと言う。
「そうよ。あんた、それで来たんでしょうに」
  理恵は、その通りだったと頷いた。
「そうなのよ。ごめんね、突然来てさあ」
  今さら謝ってもしょうがないではないか。
「ねえ、太一どう思ったかしら、私の事……」
「さあ」
「だってさあ、私がアイツに彼女つくらないでって言ったとしたら……」
「言ったとしたら、じゃなくて言ったんでしょう?」
「うん、まあ……それでさ、私が先生とつきあってる、なんてね、アノ男が知ったら、やっぱイヤかなあ」
「さあね」
「何よ。そっけない言い方」
「呆れてんのよ」
「何が?」
「あんたに」
「私にい? 何でよ。堀内鷹子の方こそ呆れた女よ」
「あんたにも、堀内さんにも、太一君にも」
「入沢先生は?」
「彼はなんて言ってるの? 入沢センセイは」
「会ってないわ。まっ先にあんたんところに来たんだもの」
「あっそう」
「何よ。その言い方」
「私は知らないわよ」
  はっきり言って呆れた上に、私は関わり合いたくないという気持ちだった。
「ちょっと、それはないんじゃない?」
  と、言ってから、理恵はすぐに態度を改めた。
「ねえ、そんな事言わないで、どうにかしてよ」
「どうしろってのよ」
「うーん。釈明してほしいんだなあ」
「誰に?」
「太一の方は何とかする」
「当たり前でしょ。私がどうしようもない人でしょう」
「うん、そーだよなあ」
  と言って理恵はイヤーな顔をした。いかにも自分で始末するのが厄介という顔。
「入沢君に? ごめんだわよ」
  私はビシリと言った。入沢の耳に理恵の昔の恋人の話しが聞こえても、その執り成しを頼む、と彼女は言うのだろう。つまり、なんとかごまかせ、という事になる。なんだって私がそんな事をせにゃならんのだ。
「だってさあ……」
「だってもさってもないわよ。身から出た錆びじゃないのよ」
「そんな事言われても」
「ねえ、堀内さん、どんな様子だったの?」
  私は理恵より鷹子の方が気になった。理恵の言ではないが、本当に精神的にまいっているんじゃないだろうか。
「私んちにいるわよ」
「ええー! 何で?」
「だから来たのよ。太一が遊びに来てたら、突然」
「何であんたんちを知ってんのよ」
「さあ……」
  前から不思議だと思ってたんだが、あの病弱そうな女は、一体どうやって人の家の在りかを調べるんだろう。以前、美樹のいる頃の入沢の家も、誰も教えてないはずなのに訪ねて来たというではないか。人の後でもつけるのか、探偵か興信所にでもでも頼むのか。
「で、太一君は?」
「帰ったわ。そりゃあ、あんな事があったらねえ……」
「あっそう」
  その男の事なんか私にはどうでもいい。今頃身投げでもしてるかもしれないが、勝手にしてくれ、という気分だ。
「ねえ、取り合えず来てくれない?」
「あんたんちに?」
「うん。あの女がまだいたら、私殺されちゃうわ」
「あんたは死なないわよ」
  と言いつつも、鷹子の様子は気になった。彼女は病人なのだ。彼女の家か入沢の病院にでも連絡した方がいいかもしれない。


 

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