「光の情景」
作/こたつむり


〈第3章〉7
 
 しかし今の所、逆に先生は便利な作家でもある。どんな雑誌に出しても売れるという事は、固定のファンに頼らなくてもいいという事だ。SF、学園青春、ラブコメ、時代もの、レディスコミックもの、ナンセンス、怪奇もの……と、先生ほど、読者層に合わせつつ、自分の書きたいものを巧みに打ち出している漫画家は、この世界にもそう多くはない。先生を選ぶ読者も結構年齢層が高く、編集側も先生の作品には協力的である。
「あの人のアシスタントになっていれば、ひさはきっと漫画家になれるわ」
「そうでもないのよ。アシスタントと漫画家っていうのは。全然違うのよ」
「でも、あの人についていれば、勉強になるでしょう?」
  それは確かにそうだった。先生は、次はこんな話を書こうと思う、なんて事を、アシスタントにも簡単に相談する。普通なら、そんな時間はない。
  だいたいそれまでの先生というのは、面線も入ってない、下書きすらろくに入ってない原稿を渡して、いきなり背景を書かせたあげく、気にいらないと、
「ちょっと書き直してくれない?」
  とか言うだけで、どう直せばいいのかわからず、てんやわんやと皆で書いた所を、ちょうど時間となりました、とばかり担当が来て持っていき、最後までアレで良かったのかな……と不安が残る事が多かった。
 柿崎先生は、そういうのを極端に嫌がる。
「あのさ、この写真の通り書けばいいってワケじゃないんだよね。工夫してよ、いろんな角度からさ、このへん背景続くから大変だろうけどさ」
「ここさ、二人が同じ服着てるよね。制服だから、当たり前なんだよ。でもさ、ちょっと差つけてよ。アンタの技量でさあ」
「これ、私が書いたんだけどさ、何かデッサン狂ってると思わない? 何度も書き直したら、わかんなくなっちゃったよ。どこか直してくれない? 面線は私が入れるからさ」
  という具合。考えようによっちゃ、漫画家が工夫すべき所じゃないのか? と思わないでもないが、わりと無茶なコマ割りを平気でやってのける。しかしこれが元々、独特と言えば独特なセンスなのだ。そして結果は、生き生きとした原稿が仕上がって行くから不思議である。
 アシストとしても、そりゃ、打ち合わせがあって書ければ、腕の奮い甲斐があるもんだから、仕上がり方が違う。
  ただしこういう調子なので、いつでも仕事は締め切りギリギリまで引き伸ばしていて、その辺あんまり評判が良くない。私が来る前だが、実際締め切りに間に合わず、落とした事もあるそうだ。
  替わりの漫画が載った。むろん買った人は怒った。予告と違う。違うと確認せずに買った読者も多かろう。これはプロとしては、有り得べからざる致命的な事で、今度の連載は、はじめの話では前後編よみきり、100ページだったそうだ。これを長期の話に持ち込むのに、先生は苦労したという。漫画家とは結構大変な職業なのだ。しかし、
「ひさ、絶対漫画家になるわよね?」
  と由有子は追い討ちをかけて来た。
「うーん。そうねえ、まあ、漫画家にはなれるかもしれないわね」
  漫画家までは、がんばれば誰でもなれる……という所があるんだが、問題はその後なのだ。売れつつも書きたいものを書くとなると、これは、相当大変な事だ。
「ひさ、聞いて。私もね、私もがんばるつもりなの。私、今、学校に行ってるの」
「学校? 由有子やっぱり勉強を続けてるの?」
「学校って、そういう学校じゃなくて、向こうの中学校なの。あのね、家庭の問題や、登校拒否の問題って、日本にもあるでしょう? そういう事を調査する仕事があるの。私、そういう専門の先生について、一緒に学校に行って、生徒に会ったり、データを取ったり、……今そういう事をしようと思っている所なの」
「へえー」
  少なからず私は驚いた。
「キャリアウーマンね」
「とんでもない」
  由有子は手を振って笑った。
「勉強中なのよ。お金は貰わないわ。だってボランティアみたいなものなんですもの」
「でも由有子は英語がペラペラだったから、そういう時に便利よねえ」
  由有子は高校時代から、英語が得意だった。短大に入ってからも英会話のサークルに入ったり、大学とは別に英会話教室に通ったりしていたのだ。
「そうでもないわよ。もうちょっと勉強しておけば良かったのになあって思ってるわ。今はひたすら実践だから、確かに日本にいるよりは、はるかに勉強になると思うけど、家にいると、せいぜい買い物に行く時くらいしかしゃべらないから、あまり身に付かないのよね。そのうち英語学校にも通わないと……」
  おお、やる気充分じゃないか。
「じゃあ由有子はやっぱりカウンセラーになるの?」
「それもどうかしら。実際、私を連れて行ってくれる先生を見ていると、つくづく大変な仕事なんだなあって思うわ。大学の中から見て感じていたものとは、ずいぶん違うと思う。あの時は自分にも出来ると思っていたんだけど、やっぱりアメリカの人はみんなプロ精神が旺盛なのよ。負けちゃうわ。金儲け主義だって意味じゃなくて、本物なのよね、気持ちが並大抵じゃないって思ったわ」
「それは関沼先生の手伝いで?」
「違うの。関沼はもっぱら大学に行って、今の所研究してるみたいよ。こっちもデータ収集、私もデータ収集」
  と言って、由有子は楽しそうに笑った。
「でも、私のはひたすら病院に行ったり、学校に行ったり……。だから関沼の世界とは掛け離れた世界にいるの。関沼のは本当の仕事ですもの。私がちょこちょこなんかやってるのを、何遊んでるんだって感じに見てるわよ。あの人は。まあ、遊びみたいなものだわね。今の所」
「先生の紹介かなんかで、カウンセラーの人と会ったの?」
「ううん」
  私は初め、関沼先生の薦めで由有子がそういう事をしているのかと思ったのだが、ちがうらしい。
  彼女がついている先生というのは日系二世のアメリカ女性で、近隣の住人だという。近所付き合いをしているうちに意気投合し、由有子がその手の関心を強く持っている事を知って、手伝いをしてほしいと頼まれたそうだ。むろん、由有子にもその気があった。
「そんな事して何か将来役に立つのか……と聞かれると自分でもわからないんだけど、いつか日本に帰って来たら、きっと何かに役立てたいと思うわ。なにせアメリカじゃ私のような生半可なのは通用しないんですもの」
「じゃあ、今はその研修期間なわけね」
  私は、由有子が日本に帰りたいと言うのを聞いて、俄かにうれしくなって来た。ところが、
「でも、関沼は、ずっとアメリカにいたいみたいなの」
  と由有子は言った。
「やっぱり研究のため?」
  と聞くと、
「そうなの。あそこを簡単には離れられないのよ。それに、あの人は、あんまり日本が好きじゃないみたいだわ」
「どうして?」
「そうねえ、やっぱり日本の大学では、あんまり活躍できないからかしらね。……後、あの人って日本人的じゃないのかもしれないわ」
  そう言われてみればそうかもしれない。入沢の結婚式の後で、三人で食事をとった時も、何かというと、
「全く日本人には困ったものだ」
  といったような発言が結構あった気がする。思えば、四十才になるまで独身を通していたのも、十八才も年下の由有子と結婚したのも、いくつになったからそろそろ結婚……という日本的な発想に染まりたくなかったのかもしれない。あの年にして、あの若々しさを保っていられるのも、日本にありがちな、 年令相応の在り方を重んじる固定観念に縛られていないからかもしれない。個性的とも、アクが強いとも言えるだろう。
  由有子に会えたのは、この時が最後で、私はその後、すぐに仕事が入ってしまい、もう一度くらいゆっくり会いたいと思っていたのだが、それっきりになった。
  別れる時、由有子は、
「健ちゃんも、いよいよお医者さんね。結婚もして……。ひさもいつか漫画家になったらどんなにステキかしら。私もそのころ日本に戻って来れるかもしれないし……」
  と夢見るように言った。そしてじっと私の顔を見て、
「私、ひさのように強くて、健ちゃんのように優しい人間になりたいわ。ずっと前からそう思ってたの」
  と言ってくれた。
「ねえ、それって反対じゃない? 普通、男の方が強くて女の方が優しいんじゃないかしら。それともアメリカでは反対なのかなあ……」
  と私は言ったもんだ。
 

 

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