「嵐待つ」
作/こたつむり


〈第五部〉39p

  阿梅の身体は回復しなかった。
「毒をもられたかもしれません」
  目をさますたびに、こんなことを言った。
  藤兵衛の姪が粥をはこんでくる。阿梅は目をあけるやあたりかまわずに、毒をもられている、と言い放つ。
  ために、この中年女は、肩を震わせ身をねじって、あんまりでございますなどと医者に泣きついたが、阿梅は謝らず、発言の撤回もしない。
  困り果てた荒井が、片倉家からかわりの少女をつかわしてくれたが、やはり阿梅は膳がはこばれてくると、
「一皿に一口づつ、先に食べてみてください」
  などと意地のわるい要求を相手にしてのけた。少女は一日で暇を願い出て、かわりにやってきたのは六十も越えた老女だった。
  すると阿梅はこの老女の身元を詮索した。
  老女は江戸の人間だった。魚を商っていた夫に先立たれ、前妻の継子に家をおいだされてしまったという。阿梅もこの老女を哀れみ、世話をまかせる気になった。
  しかしすぐに、
「この薬湯は、一日に数回飲むようにいわれた筈です」
「数回にわけてお出ししていますよ」
「いいえ、朝に一度きり飲んだだけではありませんか」
「それは、さきほど二度めをお出ししたのに、手をつけられなかったからではありませんか」
「いいかげんなことを言ってはなりません」
  こんなささいな行き違いがおこる。
  これを解任されると食いぶちのあてがなくなるから、投薬を減らして自分の病を直すまいとしているかもしれない。その証拠に、いつまでたっても回復しない。これが阿梅の言い分だった。
  そのくせ、半日もすぎぬうちに、この薬は命を縮めるおそれがある。もう飲まないなどといって拒否してのけた。
  藤兵衛の姪は顔すら出さなくなった。
  こうなると今度は、この女の存在が恐ろしい。
「ここにいると殺される」
  家のどこかに物音がすると、阿梅は老女の袖を握りしめながらこんなことを言った。
「今の音は、あの女のものではありませんよ。きっと物売りかなんかが立ち寄ったのでしょう」
  老女はあきれながらも阿梅の心底を見越し、なだめてかかるが、阿梅は首をふりながら、
「刀剣を磨いているのか、毒薬を煎じているか」
  殺される殺されると、顔をひきつらせながら老女にうったえた。
  寝込んでからわずか四日で、阿梅は片倉屋敷につれもどされた。
  このときも大変だった。
  どこへ連れてゆくのかと何度もたずねる。輿の中からいちいち人を呼ばわり、方角がちがうのではないか、誰の指図で行くことになったのか、片倉家に行くのなら、なぜ荒井が姿を見せないのかと、実にくどく問いあわせた。
  片倉屋敷についたら着いたで、今度は荒井をてこずらせた。
「いったい、どこにお移しいたせばよろしゅうございます」
  荒井が太いためいきを漏らしながら、こう言うと、
「そんなふうに言わないで下さい。あなたしか頼る人がいないのですから」
  などと大袈裟なことを言って甘えたかと思うと、
「大悲願寺にいきます。お坊さまと約束があるのです」
  といきなり居丈高に言い放つ元気のある時もある。
  しかし総じて、いつまでたっても微熱がちで体が重だるく、皮膚がカサカサに乾いて時折めくれ、それを阿梅は神経質に掻きむしって剥いだ。
  夜はよくうなされた。目がさめると、闇の中を手探りで、たつ女が座しているかどうかをはいずりまわり床じゅうを叩いて確かめた。たつ女は松山城にもどったのだと、何回も荒井に聞かされている。しかし阿梅には、失神したたつ女の様子が忘れられず、ときおり夢に見る。

  田鶴は、荒井のいうとおり松山城に居た。
  こちらは監禁されているというほうが近い。城から一歩も外に出られない。
  原田宗資との縁談は着々とすすめられているようだった。時おり母が、夥しい反物を侍女たちにもたせて田鶴の部屋をおとずれ、寸法をはかり、衣装直しをまわりに指図する。
  田鶴は逆らわなかった。人が変わったようにおとなしかった。書けといわれれば原田への文にも臆することなく筆をすすめた。
  あわただしく結納が執り行われ、原田がその場にやってきた時だけ、
「原田様と二人だけでお話ししたいことがございます」
  と言い出して、まわりをびっくりさせた。
  父も母もろくに答えられず、仲人に立った津田豊前守も渋面をつくったが、当人の原田が、
「よろしゅうございましょう。夫婦になる仲でございます。堅苦しいだけが伊達の家風でもございますまい」
  とこたえてくれた。
  田鶴は場を退いて着替えをし、原田を待たせている裏庭に部屋の隅からまわっていった。
  急遽しつらえた台の上に、茶と茶菓子がふるまわれているが原田はそれには手をつけず、用意された南蛮風の椅子にも腰掛けずに、池のそばに腕をくんで立っていた。やってきた田鶴に気付くや、
「お話しというのはなんですか」
  と聞いてきた。
「阿梅さまのことです」
  田鶴も即答した。
  原田はちょっと首をかしげて後ろを見遣り、自分のために出されている南蛮風の椅子を田鶴にすすめた。ぎくしゃくとした原田らしい辞儀だった。
  田鶴は素直に座した。立ったままの原田と顔の位置があわぬまま、
「私、阿梅さまに謝りたいと思うております」
「謝る? 何を」
「今回、江戸でおこったことをお聞きおよびでしょう」
「聞き及んでおります」
「どのようにお聞きなのでしょうか」
  原田は口をとがらせた。田鶴が、
「お聞きになられたとおりにお話し下さいますよう」
  と促すと、
「いや、ためらっているのではありません。このたび、大殿の御身に少々の危険をおよぼす不埓な者が出現し、近侍のものに討ち果たされたとうかがいました。その場に田鶴どのが居合わせられたとか」
「それだけですか」
  原田は当惑し、
「阿梅様もご一緒だったのでしょうか」
「そうです」
  こたえてから田鶴は、なるほどあのような珍事を、いま原田に聞かされた以上の話しにもっていきようがないだろうと思った。伊達家にとって醜聞にもなりかねない。政宗や片倉重綱ら数名のうちで小狡く話をまとめあげたのだろう。
  田鶴は松山城にくる前、政宗にあてて文を書いている。
  このたびのことで、うめ女は自分のすすめに従ってくれただけである。自分に責任があったことで、何かうめ女を咎めだてるような事態になるのをひどく憂慮している。
  そう書いた。政宗からの返書はなかった。だいたい政宗に届いているかどうかもあやしい。使いに立ってくれたのは、江戸の茂庭屋敷に出入りする商人であった。駄賃ははずんだつもりだが、二度と会う相手ではない。あてにはならなかった。
  何か、まとはずれな訴えを書いたのかもしれない。そうも思った。田鶴の手元には世間の情報はいっさい入ってこなくなった。原田のいうことも総て信用できるとは思わなかったが、外部との接触が他に思いつかなかった。
  真田の小娘はそそのかされたにすぎぬ。
  まだ何も確かめもせぬ内に、そう断定した政宗を田鶴はよく思い出す。
  血気にはやった若侍を抑えるためであったにせよ、阿梅の身辺に危害を及ぼす腹積もりだけはないと思えた。
  しかしそれは、政宗に関してだけである。
「私、このままで済むとは思いません」
「どういうことですか」
  田鶴は原田を見上げ、座を立った。
「原田さまは、大殿からいただいたご縁であるから、この私を娶ると、たしかそう仰せでした」
「たしかにそう申しましたが」
「が?」
「いぜんにも申し上げたとおり、すでに断れぬものと心得ております。そういうことでは不服と今さらおっしゃられても困ります。本日、結納のことが成ったからには、田鶴どのにもそれ相応のお心積もりが固まったのだと思い、参上しました」
「そう。固まりました」
  田鶴は相手の言葉の上からかぶせるように言いきった。原田は呼吸がとまったかのように口をあけたが、
「まことに?」
  念をおした。


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