「嵐待つ」
作/こたつむり


〈第二部〉19p

  原田は腕をくみ、自分の思案をたしかめるように言葉を発した。
「縁あって、わが妻にとお話しをいただいた以上、田鶴どのがどなたの血をひかれようと、過去にどなたとの縁談がおありであろうと、わが家に迎え、それがしの子を生んでいただきとう存じます。もう、古いことを、お血筋のことなどをもちだして頭を悩ませる必要などないと心得ます。早々にわが原田の家にお輿入れいただきたい」
「あなた様はそれでよろしゅうございましょう。めんどうなことはさっさと片付けたい。なるほど原田様の本音はそんなところでございましょうね。たしかに、そろそろお跡も儲けねばならぬようなお年まわりでもございましょう。しょせん、おなごの腹は借り物と申しますから、あなた様にとってはほどほどに体裁の保てる家から嫁いだ女でさえあれば、子は誰が生んでも大きなちがいはございますまい。けれども私はちがいます。あなた様では役不足でございます」
「それがしのどこがお気に召しませぬ。あらためるべきところは改める所存です。はじめからそのつもりでおります」
  田鶴は答えずに立ち上がろうとした。原田はひざをすすめて田鶴の動きをとめ、
「なぜそんな言い方をなさる。ほどほどの家もけっこう、お館様からいただいたご縁であることもけっこうなことです。たしかに早く跡を儲けたいと願ってもおりまする。しかし女ごは出世や出産の道具にすぎないというような考えはそれがしにはございませぬ」
「私は、そんなことを言っているのではありませぬ」
「いいえ、おっしゃいました」
「言ってません。今おっしゃったようなことは、女としてとうに覚悟もできていることでございます。家のことも大事。子を産む覚悟もございます。真田の姫君でもあるまいし、うわついた甘ったれた子供のような趣味はこの私にはございません」
「それならば、お輿入れくださってもよろしゅうございましょう」
「いいえ、原田様では役不足です」
「田鶴どのはそれでは、この先、どうなさるおつもりでしょうか。ふさわしいお相手があらわれるまで、この寺におられるとでも仰せですか」
「おりをみて大殿に話をします」
「お聞きいれにはなりますまい」
「聞きいれていただきます」
「いいえ無理でしょう。何度もいうように今回の縁はお館様ご本人から出たことでございます。家来同士、仲を睦まじくせよというのがそのご趣旨であらせられた。今さらことわれば、茂庭と原田は仲よくできないと公言するようなもの」
「私は伊達家の家来ではありませぬ」
「田鶴どの」
「娘が父親に結婚のことで好悪をのべるのは少しもおかしからぬことです」
「父親ではあらせられぬ。政宗公は田鶴どのにとって主筋です」
「いいえ、父です」
「そういうことをおっしゃるのは、お身のためにはなりませぬ。とくに縁談という女の人生の最重要なことがらに、それをもちだしては成るものも成りませぬぞ」
「父です。伊達政宗は私の父です」
「田鶴どの!」
「それがゆえに、片倉様には結婚を断られました。あなた様と結婚するとなったとたん、今度は伊達家は主筋だということになる。あの破談は、私が伊達政宗の娘だったからなのです。原田様のおっしゃるとおり、私がほんとうに家来の血筋であれば、重綱様はお断りにはなられなかった。私が茂庭の娘であれば、真田連れの小娘などにあの方の妻の座を奪われることはなかったのです」
  原田宗資は首をふり手をふりながら笑った。いかにもばかばかしい、お話しにならないといった笑い方だった。
「お笑いになりたければ、どうぞ」
  田鶴が言うと、原田は笑顔を収めるように、いや、と前置きし、
「片倉様はそのような事柄を盾に縁談をお決めになられるようなお方ではございますまい」
「いいえ、私はよく存じております。あの方にはそういったところがおありです」
  言いながら田鶴は、原田の言い方に猛烈な反感をおぼえた。男の友情という奴かと、唾でもはきだしてやりたくなった。
「ほお」
「笑われるべきは原田様、あなた様のほうです。重綱どのが捨てた焼き栗を平気な顔でひろいにこられる。まことに浅慮、滑稽なことです」
「焼き栗?」
「伊達政宗の隠し子という意味です」
  原田は解いていた腕をまたくみ、遠い山裾にならぶ集落でもながめるような目付きで田鶴を見た。
「わかりませぬな」
  溜息をついた。
「たしかにそれがしの愚鈍のなせるところがあるのやもしれませぬが」
「愚鈍。そうです。そう言ってもよろしいでしょう」
「それでは後学のために伺っておきましょうか。茂庭家の姫より伊達家の姫を娶るほうが、われわれ家臣にとっては名誉なことではありませんか。片倉様が茂庭様のお血筋なら良しとされ、お館様のお血筋なら断られるというのが、それがしには納得まいりませぬが」
「だから、あなた様では役不足なのです」
  田鶴はそういいきってついに立ち上がった。
「あなたなど、重綱どのの足元にもおよびません。家柄の話しではなく、人格器量の問題ですわ」
  言うや、踵を返し、さらさらと部屋を出ていった。
「何のことかはよくわかりませんが、片倉様が人格器量にまさるからこそ、縁談を蹴られたというのが本当なら、人格器量がない男でなければあなたとは結婚しないということになりましょうな」
  背に追い掛けてくる原田の言葉の最後を、田鶴は廊下の曲り角できいた。
  そして遮光された廊下の奥に足をふみいれたとたん、あっ、と声をあげた。
  暗闇にうずくまるように正座していた人影に、ぶつかりそうになるまで気付かなかったのだ。
  その人は背をおこし、おそるおそる顔をあげ、田鶴に遅れてやはり、あっと声をあげた。
  阿梅である。


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