<掲示板・議事録>


     
  東北旅行


<こたつ城主 2009/09/28(Mon) 16:55>

題名:先週の後半は

↑胆沢・江刺・平泉に行って来ました(^^)v。
1日目:ひじり塚(河野通信の墓)・樺山遺跡
2日目:奥州市埋蔵文化財調査センター・胆沢城跡・神明社(伝アテルイ居住跡)・巣伏村の戦場跡(各所・胆沢側)・えさし藤原の郷・岩谷堂城址
3日目:中尊寺・接待館跡・長者ヶ原廃寺跡・衣川柵・小松柵など
4日目:厳美渓・達谷窟・毛越寺・柳の御所跡(資料館)・無量光院跡・高館義経堂・白鳥館遺跡
「城主のたわごと」に載るのは、11月か12月からになると思います〜♪

※過去更新状況
09/11「城主のたわごと」2009年9月
08/14「城主のたわごと」2009年8月
他、「今週のご挨拶とお知らせ」「議事録」など〜詳しくは「更新歴」を



<小野寺維道さま 2009/10/15(Thu) 23:45>

どうもです。

平泉方面に行かれたとのこと。
河野氏は四国のですか?すると船で来たのかな?
毛越寺に行ってみたいですね。
先日「柳」の話が出ましたが、柳御所とかありましたよね。レポ楽しみにしています。



<こたつ城主 2009/10/16(Fri) 20:28>

題名:明日か明後日

おらぬかもです〜毎度(^^ゞ。

※ 過去更新状況
10/09「城主のたわごと」2009年10月
09/11「城主のたわごと」2009年9月
他、「今週のご挨拶とお知らせ」「議事録」など〜詳しくは「更新歴」を


>小野寺維道さま、1
「城主のたわごと10月」ありがとうございます〜!
河野は四国から流刑。承久の乱の咎です(^_^;)。
柳御所は私もちょっとそう思いました(笑)。レポ頑張ります!(^O^)



<小野寺維道さま 2009/11/21(Sat) 22:20>

遅くなりましたが東北より無事帰還いたしました。

いろいろとご心配いただきありがとうございました。
初日はあいにくの豪雨。二日目は小雨と強風で、調査は難航いたしましたが、雨のおかげで気温はやや高めで車中泊でも快適に過ごせました。

2泊目はこたつさんも行かれた厳美渓の道の駅でしたが、到着は夜、出発は未明だったので、風景を楽しむことは出来ませんでした。レポでの写真を期待してます。



<こたつ城主 2009/11/23(Mon) 10:58>

>小野寺維道さま

連休中につき、遅れましてm(__)m。ご無事のご帰還なによりでした。
厳美渓、だいぶ後になりそうですが、レポ頑張りたいと思います〜♪
 
     

     
  「城主のたわごと」2009-11(千葉〜銚子編3)、1


<こたつ城主 2009/11/06(Fri) 20:30>

題名:「城主のたわごと」2009年11月

↑アップしました〜宜しくお願いします!!
明日と明後日はおらぬかもです〜毎度(^^ゞ。

※ 過去更新状況
10/09「城主のたわごと」2009年10月
他、「今週のご挨拶とお知らせ」「議事録」など〜詳しくは「更新歴」を



<小野寺維道さま 2009/11/10(Tue) 00:35>

どうもです。

旅行記拝見いたしました。 東氏って千葉氏の出身なのは知っていましたが、これほどご活躍とは知りませんでした。

六条八幡宮造営注文(1275年)という幕府が御家人に造営費課した記録が残っており、同族の中での力関係や御家人としての地位が伺えます。
面白いので、一部掲載します。

鎌倉中

千葉介     (千葉頼胤カ)100貫文
千葉次郎跡可寄合(千葉泰胤カ)
相馬五郎跡(相馬義胤カ)30貫文
相馬六郎跡(相馬常家カ)6貫文
千葉七郎跡(遠山師胤カ)10貫文
千葉八郎跡(白井八郎カ)6貫文
武石入道跡(武石胤盛カ)25貫文
大須賀四郎跡(大須賀胤信)15貫文
国分五郎跡(国分胤通)8貫文
東兵衛入道跡(東重胤)25貫文

となっています。「跡」というは跡継ぎのことを指します。
なので既に死んだ親(名義人)の分を子供や一族が負担しろとのことのようです。「鎌倉中」とあるので鎌倉在住のようです。ちなみに鎌倉中は123名「下総国」もあるのですが、こちらは5名しかいません。臼井、飯富(高)、椎名、豊田、幸嶋。

東氏は一族の中では負担が多いようですね。東胤行、海上胤方兄弟あたりが工面したんですかね。

藤原系図のなかに「松殿」さまのお名前が・・・。
昔、興味があり調べてました。
この家は五摂家に入ってないんですよね。
藤原のいい血筋でありながら
平家政権の清盛と法皇の対立で流されたとか・・・。



<こたつ城主 2009/11/10(Tue) 17:33>

>小野寺維道さま

「城主のたわごと11月」、早速ありがとうございます〜♪
千葉六党の所領は大雑把に見ると、生まれた順に、房総の中央(千葉市)から遠のいて行くように見えるので、六男の胤頼から出た東氏・海上氏などは、思いっきり遠い銚子に当てられたんだな〜(^^ゞ、と思いがちなのですが、そうではなく、一族の中でも特別に、かなり重要な場所に当てられたのではないか、という見方も出来る気がします。

>六条八幡宮造営注文
ありがとうございます。源氏の尊崇する宮の造営という事ですね。
1275年と言うと、今回の話の時期よりだいぶ下って、その間に幕府の権力主体が移ろうにつれ、御家人も立場が左右されるので(宗尊将軍との軋轢などあった感じも)、ちょっと俄かには何とも言えませんが(^_^;)、鎌倉・京・所領地を行き来していたと想像します。

松殿家ですか……m(。。)m、あ〜そうでしたねっ。清盛の娘が近衛家に嫁いでるので、清盛は勿論、後の高倉天皇(の生母が清盛の妻と姉妹)を帝位につけたい後白河上皇も、この時点では清盛と足並みを揃えていたと思いますが、その後、法皇が取り返しに動いて、平家クーデターへと発展するようです。
五摂家への分家は、九条兼実−良経−道家−教実←の弟からで、近衛家も同じく三代後です。

九条兼実は近衛・松殿の弟ですが、三崎庄の荘園ってのも、製塩事業など考えられるそうです。
ただ銚子については、「江戸以降に発達」という記述が殆どで、それより前の産業はよく知らないんです(^^ゞ。
しかしながら、江戸より後も醤油の製造ではよく知られ、昔の朝ドラ「澪つくし」でも、そうした風景が描かれてました。
醤油に必須なのは塩だから、ありうるようにも思えます。
西日本や瀬戸内海沿岸では、古代から製塩が荘園の争奪戦の原因とも言われますし(^^;)。。

そういう視点からも、海上氏の背景が浮き彫りになるかもしれませんね(^^ゞ。

一方、海上氏の本家・東氏は、もっと内陸の東庄が本拠と思いますが、こちらはこちらで、先祖代々の流れを汲む土地だったようにも思え、こうした重要な土地を配分されたのも、千葉氏の中で東胤頼が、頼朝に非常に近い立場に居た事が関係するかもしれませんし、むしろ反対に、頼朝や実朝に気に入られていたから、重要な地になったのかもしれませんが(^_^;)。



<小野寺維道さま 2009/11/21(Sat) 22:20>

>六条八幡宮造営注文
源氏のお宮でしたか。知りませんでしたありがとうございます。

松殿さん。
当時、自分が史料をあたって調べたときには周防方面に配流になって没落したとかで終わっちゃったんですけど、
ネットで調べるとその跡も位は低いものの御役人として残っていたようですね。ネットは便利です。

海上、東氏の領地はホントは下総でなく上総でしたね。失礼いたしました。



<こたつ城主 2009/11/23(Mon) 10:58>

>小野寺維道さま

六条八幡宮は……どうでしょう(^^;)。

>松殿基房
>>平家政権の清盛と法皇の対立で流されたとか・・・。
「たわごと」で書いたのは九条兼実なんですが(笑)、この「対立」というのは、1179年の事かな、と想像しました(^_^;)。そう詳しいわけでもないんですが……、

忠実−忠通┬(近衛)基実―基通
       ├(松殿)基房―師家
       └(九条)兼実
1166年に近衛基実が亡くなり、嫡子・基通が幼かったため、弟の松殿基房が摂政となったのですが、清盛は娘の盛子を近衛基実に嫁がせていたので、松殿基房には一部のみ伝領させ、氏長者領など大部分の家領や邸宅を、全て近衛家に相続させ、当面は盛子の預かりとし、清盛が盛子の後見人となるなどして、基実の所領のみならず、摂関家の支配権を手近なものとしておいたわけです。
摂関家の力を抑える方向の院政期ですから、この時点で、清盛と法皇の対立という事は、あまり無いかな〜と思いました(^^ゞ。

ところが1179年に盛子が死去し、本来なら、氏長者領は松殿基房に、その他が近衛基通など、近衛基実の子女に伝わるものを、法皇が旧摂関家の全領を没収して院領とし、まだ8歳の松殿師家を権中納言に昇進させます。清盛と親密な近衛基通を遠ざけるためという見方があります。
同年に清盛の嫡子・重盛も死去しますが、その知行国の越前国も、法皇が清盛に断りなく没収します。

清盛は叡山攻撃を装って数千の兵で上洛。松殿基房の罷免と左遷、松殿師家の解官と流罪、反平氏的な院の側近ら、39名の官位剥奪を要求し、その空位に平氏一門や一味の者を入れ、近衛基通を関白・内大臣・氏長者に、明雲を天台座主復帰など人事刷新を要求し、法皇は「今後は政治に口出しせぬ」と伝言を届けたんですが、鳥羽殿に幽閉されてしまいます。 翌年の1180年、源頼政の挙兵、頼朝の挙兵が起こります。

>海上、東氏の領地
上総……えと、今回たわごとで扱ってる所は、下総で良いかなと思うですが(^_^;)。
 
     



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