<掲示板・議事録>


     
  「城主のたわごと」2005-11(下総編・他)、2


<小野寺維道さま 2005/11/27(Sun) 22:06>

先日は失礼しました。「オジンガーZ」は「おやじ」と「マジンガーZ」をかけた造語で、「おやじ」を意味します。多分ダウンタウンの番組で出ていたような・・・。
説明不足でスミマセン(汗)。

でその「オジンガーZ」からもらった国産ベンツ、おかま掘られ、ちょうど「九曜紋」のステッカーが貼ってある下に、車が刺さっちゃいました。
お守りステッカーの御利益は有効期限切れ?
逆に軽度のむちうち程度で済んだので、利いていたのかも知れません。

神田明神の「流三巴」。将門は死んでナメクジになったと聞いたことがあります。そのナメクジが流三巴とか・・・。

もうすぐ12月。年の瀬であわただしくなってきました。
お体には十分ご留意くださいませ。



<こたつ城主 2005/11/28(Mon) 17:42>

>小野寺維道さま

>>うちのオジンガー7(何それ(^^;))

これですよねっ(笑)。あ〜いやいやスイマセン。これは「自主ツッコミ」であります(爆)。
自分で「オジンガー7」と受けてみたので、「さすがに何だか判らなくなったよなぁ」と(^_^;)。。そゆ意味です(笑)。

私は神田明神のお守りを頂いてますが、父は成田山新勝寺のお守りを頂いてます。
同じ年にこの二つの寺社にお参りするのは良くないのだそうです。
片や将門の霊を祀り、片やその将門を撃つ祈祷をした、という事だそうで(^^ゞ。

ところで、お車がお怪我をされたのですか(・・;)。
むにゅ〜、ではこたつが加持祈祷をして差し上げましょう。
痛いの痛いの飛んでけーー!(/>o<)/ *車にかい?*←自主ツッコミ
しかし本当に車の事故は、後で後遺症が出ると聞きますので、出来るだけ病院に行かれますように。あと、ちゃんと車の修理代が出るといいのですが。。

大手町の将門の墓には、カエル(ガマ)の石像が置いてあるとか。
これは江戸期の芝居などで有名になった、瀧夜叉姫(将門の娘)のお話(蝦蟇の妖術)に由来するのでしょうね(^^ゞ。面白そうです。
ナメクジは、と調べてみたら、将門をヘビに見立て、ナメクジを意図した物も墓には添えられるとか、「三すくみ」にあやかって魔力を封じ込めてある、という話も出て来ました。



<小野寺維道さま 2005/12/07(Wed) 22:07>

いつもありがとうございます。
ご心配おかけしてスミマセン。
まあ大したことはないのですが、上司が休めと言うので、
先週一週間お休みをいただき、昨日から職場復帰をしました。
加持祈祷ありがとうございます。おかげさまでイタイの飛んでいきました(笑)。
それとベンツの修理代出ました。大した額ではないのですが修理しないで、次の車の頭金にするつもりです。
神田と成田、わかりました。相容れないのですね。
2つ行くときには仲のいいところに行くようにします。

将門の墓。ガマガエルですか。筑波山もガマですよね。
海音寺潮五郎の小説には、筑波山での「ガカイ」?でしたっけ?男女が集まる催しに将門が行ってたとか書いてありました。これって結局瀧夜叉姫のお話に繋がるんですかね。 知識が無くてスミマセン。



<こたつ城主 2005/12/08(Thu) 16:41>

>小野寺維道さま

おおっ一週間。寝ておられたんでしょうか。。
むちうちは……ツライですよね〜(>_<)。。事故の後も、ちょっとしたショックでなっちゃうらしいので、これからもお気を付け下さいまし。

そうそう、事故は後処理の時間も食いますよね。
でも金銭的には問題が出なかったようで何よりです(^_^A)。

そうそう将門とガマねっ。どうも筑波山が発祥くさいですよっ(笑)。
ナメクジと蛙とヘビの妖術:
1:http://kotatujo.cool.ne.jp/hyo/shohin/tour/siseki/424.htm
2:http://kotatujo.cool.ne.jp/hyo/shohin/tour/siseki/425.htm
でもでも……わかりませんよ〜(^。^)。そちらで話した平賀源内とウナギじゃないけど(笑)、芝居の題材は伝承かもしれませんしねぇ。
海音寺潮五郎の小説は何て題名ですか? こたつ、そっちを知らなかったわぁ〜(#^.^#)。
 
     

     
  <北畠具顕さま 2005/12/09(Fri) 00:02>

そうそう随分前に陰陽師の小説で将門が出てくると書きましたがタイトルは「滝夜叉姫」でした。
要は清明の時代に将門が復活するという話でした。
私は一番面白かった話です。



<こたつ城主 2005/12/09(Fri) 17:06>

>北畠具顕さま

「陰陽師」。将門の娘(瀧夜叉姫)の力を借りて将門が復活する、とかでしょうか。



<北畠具顕さま 2005/12/15(Thu) 23:22>

>将門の娘(瀧夜叉姫)の力を借りて将門が復活する、とかでしょうか。
ネタばれになるのであんまりいわんようにしますが、滝夜叉姫は純友に利用されるんです。
登場人物が俵藤太、平貞盛とか関係人物がみんな出てくるので面白いです。
当初は映画用にかかれたものらしいので筋は面白かったですよ。



<こたつ城主 2005/12/16(Fri) 19:46>

>北畠具顕さま

え? ネタバレ不可ですか〜。むにゅ〜残念(>_<)。。
それって小説なんですか? 漫画で読んでます? うん映画になればいいのに〜。
藤原純友って、将門と殆ど同時期に死んだのではなかったっけ(^^ゞ。
 
     

     
  須賀谷温泉(近江小谷城)


<YORIさま [近畿] 2005/11/23(Wed) 17:41>

こたつさん、こんばんはヽ(^。^)ノ
先日、浅井長政の小谷城と石田三成の佐和山城に行ってきました。
オフレポをアップしましたので暇な時にまた遊びに来て下さい。

ところで、こたつさん達が行かれた「須賀谷温泉」ですが、確かにありました!!(笑)
道路の入り口だけ見てそのまま通り過ぎてしまいましたがね(^^ゞ
私が持っている本に紹介されていましたのでこたつさんに代わって少しだけご案内を・・・(笑)

宿が開発されたのは昭和36年頃からで昭和44年にオープンされたそうです。
伝説によると浅井長政やお市の方もここの湯に浸かったとか(^_^)
炭酸鉄泉13〜16度の冷泉を加熱して使っているそうで、鉄分が酸化してコーヒー色をした湯だそうですね。
本に出ている宿の女将の話では、アトピー性皮膚炎にも良いとのことで関東方面からも着ている人がいるとか・・・

これで今度小谷オフに行く時は、「須賀谷温泉お泊まりオフ」に決まりですね!(笑)



<こたつ城主 [関東] 2005/11/23(Wed) 18:58>

>YORIさま

おお〜須賀谷温泉、発見されましたかっ(^^ゞ。
はいはい、こたつ城主は小谷城に参った折、そこに宿泊いたしました。
今は他にもあるかもしれませんが、当時(17年ぐらい前でした)はそこにしか泊まれる所が無くてね〜。
小谷城に登った帰り、須賀谷温泉まで途中までは道路を、途中からは田んぼ道をテクテク歩いたものです。

そうそう(^^)、「お市の方も入った温泉」と書かれ、宿には、お市の方や茶々姫の肖像画まで飾ってあるのです。
浅井氏が使った湯という伝説なので、「それならお市や茶々姫も入っただろう」という事ですね(笑)。
そちらにも書きましたが、「戦国鍋」というのが名物料理だそうで、食材にイノシシ肉もありました。確かに変わってる点は、鉄板がツバ付き帽子を返したような形で、外側では焼肉ができ、内側はボールになってて湯が入れられシャブシャブが出来るのです(^^)。
なので、宴会もえらく盛り上がり(史跡巡りの仲間と一緒でしたので:笑)、残念ながら、肝心の温泉がどんなだったかすっかり忘れてました(>_<)。。
あ〜コーヒー色! うんうん、そうだったかも(^^ゞ。確か長浜でもそういう湯の色でした。あの辺りの湯なのかもしれません。

>これで今度小谷オフに行く時は、「須賀谷温泉お泊まりオフ」に決まりですね!(笑)

ぬうぉ〜行きてぇーーー!!!
 
     

     
  NHK大河「黄金の日日」「毛利元就」「功名が辻」、1


<こたつ城主 [関東] 2005/11/25(Fri) 18:04>

題名:更新しました〜。

↑「今週のご挨拶とお知らせ」。あと各議事録など(^^ゞ。



<たみいさま 2005/11/27(Sun) 10:18>

今週のご挨拶から、
>(以上、毛利元就=中村橋之助、長男隆元=上川隆也)

そうでした、そうでした。中村橋之助でした。
いやぁ、「昔」、になっちゃったなぁ。。
隆元が上川隆也だったとは、言われても中々思い出せません。
印象に残るのは、小早川をやっていた恵さんかな。
実際にも中々なタレントと言う気がします。

で、上川さんが山内一豊をやるのだとは、今、知りました。
アイドルとか歌舞伎の御曹司では無く、俳優を起用したと言うのは、もしかして期待出来るかも知れない。

遡れば、俳優を志した彼は仲代達也の、「無名塾」、を受験するも、あえなく不合格。
しかし、その彼が別ルートで世に出た。
「大地の子」、の時、仲代が、「私の不明の致す所」、と言っていたのも印象深い事でありました。。



<こたつ城主 2005/11/28(Mon) 17:42>

>たみい様

実は「上川隆也」って名前がなかなか覚えられなくて……いや、何度も覚えたんだけど、何度も忘れるんですわっ(^^;)。
だもんで最初は「ほら誰だっけ、隆元を演った人」とか、そのうちその「隆元」もおぼつかなくなって、「ほら、毛利元就の長男やったあの人」とか(笑)。

それが再放送見てると、何かと言うと「わしは目立たぬゆえ」「父(毛利元就)と弟達(吉川元春・小早川隆景)の影に隠れ」と言い出すんで、「わ、悪かったよ ヽ(^^;)」と思い(笑)。
特に「元就の長男やった人」は、今思えば"ツボにハマリすぎて"言い当ててた気が致します(汗)。。

それでも私にとって彼は「スゴく演技のウマイ人」だったのです(ホントよ信じて〜〜〜)。
何しろ「大河の主役をやって欲しい俳優ナンバーワン」でした(こう書いて来て、いったい誰が信じてくれるだろうか:汗)。

仲代達也&「無名塾」の逸話ははじめて知りました(^^ゞ。
検索してさらに確かめましたが、自分が才能を発掘できなかった事を、仲代さんは上川さんに詫びた、という事のようですね(笑)。
いいのよ〜。だって彼は「忘れても好きな人」だも〜ん(何それ(^^;))。



<筑後川さま 2005/12/06(Tue) 18:15>

こんばんは。こちらではご無沙汰しております。

こちらでもちらほら話題が出ていますが、大河の毛利元就終わっちゃいましたねTT(時代劇専門チャンネルで)

まあ私の中では尼子経久が死んだ時点で半分終わっていたんですが。
しかし中村獅童が尼子義久だったとは。まったく覚えていませんでした^^

本放送の時から思っていたのですが、最終回がどうも消化不良気味です。
個人的には関ヶ原の戦い辺りまでをダイジェストでやってほしかったです。
元就が死んだ後から毛利家は下り坂ですから、そういうのはありえないのは分かっていますが・・・。



<こたつ城主 2005/12/07(Wed) 16:00>

>筑後川さま

中村獅童の尼子義久は私も全く覚えてなかったです(^_^;)。他にも把握できてない人が大勢いましたね〜。
たとえば吉川興経(京本政樹)。尼子経久に操られて月山富田城に入城する、なんて話も忘れてて(^^ゞ、あれって実際には、大内の長期遠征に嫌気が差して……って事だったんでしょうかね(笑)。

領主自ら捨てた領地なら乗っ取られて仕方ない所を、主役でありながら、毛利元就をかなり悪人に描いてた所が面白かったです!(笑)
中村橋之助は圧巻でした(^^ゞ。比較対照に使われた隆元(上川隆也)が、それをまた盛り上げて(笑)。

あの最終回は、私も本放送の時「え(゚.゚)」と思ったのを覚えてます(笑)。
内容がヘビーなのに、終始明るい調子で描いてたので、あのように締め括ったのでしょうが、あの元春と隆景なら、あの後「元就の遺訓を守って毛利家を幕末まで長らしめ……」とかいうダイジェストにも持って行けたでしょうね(^^ゞ。
 
     



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