<掲示板・議事録>

「城主のたわごと」9月、6

     
  <北畠具顕さま [東海] 2002/10/07(Mon) 19:30>

>城主さま
>何のかんの「織田家の血筋」で秀頼に分があった気もするし。
そうですねぇ。しかし大阪の陣の時織田の血筋は役に立ちませんでしたね。
織田老犬斎(信包)事前に病死(毒殺説あり)
織田常信(信雄)とっとと逃げる。
織田有楽斎(長益)実は東軍のスパイ。
淀殿、血縁はもっと大事にしましょう。



<のりちゃんさま [近畿] 2002/10/07(Mon) 22:53>

>真田昌幸は押し売りチャン

「わしゃ、昨日戦場から帰ってきたばっかでのぉ」
なんて脅し文句で(笑)?
とはいえ、このセリフが脅し文句になるかどうかは、わかん
ないんですが・・・(^^ゞ
どうなんざましょ。

それにしても、秀頼公は、織田家の血が流れてるってことを
すっかり忘れてました。
そう考えたら、家康公は、織田と豊臣の両方の家に反旗を翻
したという見方もできるのか・・・。
なんだか、見逃してたことがいっぱりありました。



<たまこさま [東海] 2002/10/08(Tue) 09:29>

しばらくでございました、m(__)m 。
城主さまには、お変わりなくご健勝のご様子、お慶び申し上げます。

>え〜(゚.゚)、北政所に子がいる話があるんですね?
>わお、読んでみたいです。ありがとうございました☆ミ

>清水義範『金鯱の夢』集英社
>がそんな話です。著者が著者だけにおもしろいですよ。

しかと記憶いたしました。
男はどうでもよい、女が大事なのじゃ、(^_^;)。



<こたつ城主 [関東] 2002/10/08(Tue) 19:07>

>北畠具顕さま

織田信包はともかく(よく知らんし)、常信入道と有楽斎は、やはり織田家の血筋ゆえに目をつけられた面もあったり……(^^;)。
しかしよく考えたら、淀殿は織田家の血筋ではあっても信長の血筋じゃありませんし、そんなに信長を見知ってるワケでもなかったでしょうから(敵方の娘ですもの)、オジサン達に「信長公のおわしました時には」とか言われて、ウンザリしてたり(笑)。


>のりちゃん様

>「わしゃ、昨日戦場から帰ってきたばっかでのぉ」
>なんて脅し文句で(笑)?

わはは! 多分これじゃ返って門を開けないでしょうから(実際には兵馬とともに軍装で行ったのではないかと思いますが)、フラッと普段着で孫バカ好々爺のフリをして……の方がいいかなぁ(笑)。

>そう考えたら、家康公は、織田と豊臣の両方の家に反旗を翻
>したという見方もできるのか・・・。

関ヶ原の時には家康は豊臣家と戦ったワケではない(という事になっている)し、大坂の陣では徳川家の家督は秀忠にあり、秀忠の嫡子家光は淀殿の妹(小督)の子ですから、まあ五分五分ですかね(^_^;)。秀吉は純粋な信長の家来だから、家康に比べれば分が悪いかも。



<こたつ城主 [関東] 2002/10/08(Tue) 19:11>

>たまこ様

おっ、噂をすれば……(笑)。
お久し振りです。たまこ様はお元気でしたか(^^)?

>男はどうでもよい、女が大事なのじゃ、(^_^;)。

まあまあ、そう仰らず(^_^;)。
しかし、高台院が子を儲けたイフなんてあるものなんですね〜! てっきり、たまこ様が書くしか無いと思ってましたよ〜。



<こたつ城主 [関東] 2002/10/08(Tue) 19:13>

題名:訂正

本日の、のりちゃんへのレス

>孫バカ好々爺のフリをして

親バカに匹敵する言葉を想定したのですが、子バカとは言いませんから、孫バカは変でした(汗)。
祖父バカ?
 
     

     
  <朱天さま [東海] 2002/10/09(Wed) 00:23>

>織田家の人々
どう考えても豊臣政権下で優遇されてるようには
見えないのですが・・・。
秀吉って家にたいして優遇する事ってほとんどないですよね。
織田家平気で攻めてるし、竹中半兵衛の子も報われてないし。
ただ人はかなり優遇しますよね。人様の家臣にまで手を出すし(笑)

むしろ徳川のほうが家を重視してるような気がします。



<のりちゃんさま [近畿] 2002/10/09(Wed) 00:35>

>フラッと普段着で孫バカ好々爺

おお!!なづけて、「ぬらりひょん作戦!!」

なるほど、家康公は、後ろめたいことがない(ということに
なっている)わけですねぇ。
ん〜〜そうやって、後世にも胸をはれる準備をしておいた(?)
ところがまた、用意周到な親父に見える(笑)



<こたつ城主 [関東] 2002/10/09(Wed) 17:36>

>朱天さま

>>常信入道と有楽斎は、やはり織田家の血筋ゆえに目を
>>つけられた面もあったり……(^^;)。

↑これの事?
「目をつけた」は「家康側」が主語のつもりです(^^;)。
高台院の子なら家康が見逃したかというと、それもちょっと怪しい気がして……さらにその上、淀殿が秀頼を生んだ場合、それはそれで揉める気がしますしねぇ。

>ただ人はかなり優遇しますよね。人様の家臣にまで手を出すし(笑)

石川数正(笑)? まあ秀吉には代々の家臣っちゅうのが無いからなぁ。



<こたつ城主 [関東] 2002/10/09(Wed) 17:37>

>のりちゃん様

「ぬらりひょん」って妖怪なんだ?! そういう言い方があるだけだと思ってました(^^;)。

家康が用意周到ってのも見方によると思うです。例えば関ヶ原の前、岐阜城を攻める時に軍使に遣わせた人が、すご〜く真面目で気の利かない人らしく、この人選を家康が「わざと」やったのか人選ミスなのか、何ともわからなかったり(^^;)。
 
     

     
  <のりちゃんさま [近畿] 2002/10/09(Wed) 19:27>

家康公の失敗(?)ですが、素人考えでも、軍使には、機転
がきいて、口八丁手八丁の人がいい!!
ように思います。
単なる人選ミスだとは思えないなぁ・・・。
何かふか〜〜い考えが・・・(と、こんな風に歴史は曲解さ
れていくのかも)



<北畠具顕さま [東海] 2002/10/09(Wed) 22:07>

軍使の話ですが
あの「福島正則に扇子でパタパタ扇がれちゃった人」のことですねぇ。
家康の事なんで挑発しただけに思えますが(笑)

ぬらりひょんのこと
鬼太郎なんかでは「妖怪総大将」見たいになってるシリーズもありますね。
しかしただぶらりとやってきて好き勝手していく奴の何処が総大将なもんか(笑)



<朱天さま [東海] 2002/10/09(Wed) 23:32>

>「目をつけた」は「家康側」が主語のつもりです(^^;)。

は〜い。分ってます。でも信孝、信雄攻めてますし。
とても優遇とは言いがたいなと。

家康も秀信攻めさせてますけどね(笑)

>石川数正(笑)? 

そうそう。あとどこまで本当かは知りませんが片倉(伊達家)
直江(上杉)小早川(毛利)鍋島(竜造寺)とか



<こたつ城主 [関東] 2002/10/10(Thu) 18:05>

>のりちゃん様

>何かふか〜〜い考えが・・・(と、こんな風に歴史は曲解さ
>れていくのかも)

でも、ある意味、得よね〜〜〜(笑)。この使者が来るまで、家康がなかなか関東を出ないので、先に岐阜まで来てた連中は苛立って(疑心暗鬼になって)たと思うんだけど、来た使者の言った事は、「家康は風邪をひいたから、そっちはそっちでヨロシクやって」って内容なの(^^;)。



<こたつ城主 [関東] 2002/10/10(Thu) 18:07>

>北畠具顕さま

村越茂助だっけ。福島正則に扇がれたの(^_^;)? 何しろバカ正直に伝言されて、アッケに取られたわりに、岐阜城を攻めた正則も正則だと思ったわよ(笑)。

>家康の事なんで挑発しただけに思えますが(笑)

責任逃れじゃないかな。だって岐阜城の城主は三法師(織田秀信)よ。ここを家康の権限で「攻めろ」とは言いにくいでしょ(^_^;)。


>朱天さま

よく対比される所だけど、秀吉の閨閥が身分の高い姫君達であるのに対し、家康はそうした面を重視しなかった(か、遭えて避けた)所はあると思います。通常なら既に形成されてる族議員が豊臣氏には無かったんですね(^_^;)。だから自分自身の婚姻や、ヘッドハンティングで作るしかなかった面はあると思います。

家康時代になって一国一城令が出された後も、片倉や、ぴえーる様が前に話してくれた細川家の松井氏などは例外という形で城を持ちましたが、秀吉以来の影響が残ったのかもしれませんね。
 
     



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