「嵐待つ」
作/こたつむり


〈第六部〉52p

「梅と詠まれて、萩……ですか?」
  季節があわない、と阿梅は言ったが、すぐに、
「千代? 千代というのは仙台のことですか」
  やっと思いが至ったように、そう聞いてきた。
「そうでしょう。仙台は、政宗公が来られるころまでは、その字を用いておりましたから」
「どういうことでしょうか」
「梅というのは、おそらく臥竜梅の株のことを指すのだと思います」
「臥龍梅? 瑞巌寺にある?」
「そうです。臥龍梅は、今は亡き舅の原田宗時が朝鮮からもち帰ったものですが、瑞願寺にありますから、これを伊達家になぞらえたのではないでしょうか」
  かつて、片倉家のこの庭に立つ女主人は自分だったかもしれないが、やはりかつて、政宗に臥龍梅をいただいたのは阿梅だったかもしれないのだ。田鶴はそう思って言ったつもりだったが、阿梅は、
「それで、梅と萩のやりとりというのは?」
  などと間のぬけた質問をくりかえす。
「政宗公が大悲願寺にて過ごされたおりに、庭に咲く白萩に目をとめられて、お帰りののちに書面にてご所望になられたとか。秀雄どのの歌はその萩(のちにいう先代萩)を詠まれたのでしょう」
  田鶴は加えて、
「保春院さま(政宗の実母)が、この春にお亡くなりあそばしました。そのとたんの政宗公の大悲願寺詣でです。今までご訪問なさらなかったのは、おそらく……」
  そこまで言われて阿梅は、
「それでは秀雄さまという方は」
  やや声をあげかけた。阿梅が言おうとする先を、田鶴はあたりをはばかって止め、
「輝宗公(政宗の父)は恐妻家でいらっしゃいましたので」
  といった。阿梅はそれに応えて、
「そういえば、政宗公もずいぶんな恐妻家でいらっしゃいます」
  二人の女の視線はからみあい、どちらからともなく苦笑がひきだされた。
  隠し子を認知できないという点において、伊達家は二代で問題をかかえつづけた、という事になる。田鶴はつづけて、
「大悲願寺に、伊達家ゆかりのものがお預けの身になっているという話は、ごく内々にはございました」
  そう言い、くすっと笑い、
「供回りに選ばれた侍の子たちとともに出家させ、お寺の修行僧として住み込ませたそうでございます」
  思えば、自分もかつてこの噂にふりまわされたのだ。今となっては、ばかばかしいほど昔のこととなった。あのころの自分は子供だったのだと田鶴はよく思う。
「知れなかったのですか」
「保春院さまにですか?」
  言ってしまってから田鶴は口を袂でおさえ、あらためて、さあ、と首をかしげた。誰に知られようと、伊達政宗は、自分の血縁者だけは絶対に殺さないと言い切れる自信が、今の自分にはあると思った。

  二人が室内にもどったのは、雨が舞い降りてきたためだった。
  秋雨である。霧をもよおしながらあたり一面を暗々と染めていく。
  荒井に命じてもたせた茶を、阿梅は縁側に出てうけとった。そして戻ってくる前に、
「しっ」
  と強い叱声をはなった。
「いかがなさいました」
  たつ女が立ち上がりかけた。阿梅はすぐに首をふり、
「あいすみませぬ。蜘蛛が……」
「クモ?」
「いえ、共食いをしていたものですから、つい」
「ああ」
  たつ女はそのまま座りなおし、
「交配が済んだのでしょう。共食いというより、雌は妊娠すると用のすんだ雄を食べてしまうのですよ」
  ごく当たり前のように言うのが気になって、今度は阿梅がすかさず、
「原田左馬助さまが、お亡くなりあそばした件については、私もとかくの噂を聞いておりますが」
  と切り出した。
  たつ女は、まあ、ほほほ、と声をあげて笑い、
「津田に嫁いだ姉に娘がおります。私には姪にあたるこの娘と弁之助を目合わせようかと思うております」
  聞かれたこととは全くべつの話しを、すらすら持ちだした。
「弁之助どのは、おいくつになられたのですか」
  阿梅がおどろきながら聞くと、
「五歳です。ですが」
  たつ女はさしだされた茶碗を持ちあげ、
「早いとは思いませぬ。弁之助と姪の夫婦に子ができたら、今度は兄(茂庭良元)の孫と目合わせようと思うております」
  茂庭とも津田とも、自分の兄弟たちとはこの先、いくえにも縁をかさねあわせていかねばならぬ。そうやって茂庭一族の結束を強め、伊達家を支えていくのだとたつ女は言う。
  そういう計画を聞かされるうちに、阿梅の胸に、ふっといやな直感がよぎった。
  この家系は途絶えるのではないか。
  そう思い、先刻あったばかりの弁之助を思いおこした。妙に表情の乏しいあの子供の将来を思い描いてみた。ただでさえすぼまりつつある今の世に生まれ、さらに閉じてゆく輪の中で、ひたすらに未知を受けいれず何らかの流儀だけを重んじてゆく生き方。その果てにある破綻を思った。人生の早いころ出会ったものに簡単に命を懸ける傾向は、そうした地図に描かれやすいような気がした。
  阿梅も妹を片倉の縁につなげたが、これをたつ女は、同様の心づもりとくみとっているのだろうか。
  するとたつ女は、おもむろにニッと笑い、
「あの子は、私にとってはじめての嵐でした」
  そう言った。
  阿梅は、あらし? とつぶやき返した。
「私はこれが最後とは思ってません」
  たつ女は、阿梅を挑むように見詰め、
「お子をお生みになっておられぬ貴方さまには、本当の嵐がどのようなものかおわかりではない。これからもおわかりにはなられない。それはそれで宜しゅうございましょう。嵐に耐えうる強い木と、耐えられぬ弱い木と、二本の木は、結局嵐が来なければいつまでもその違いは現れないのですから。
  けれども私は、来ないかもしれない、いいえ来ないであろう嵐の万が一にも吹き荒れる日のために、あくまでも強くありたいと思って、この先を生きて参ります」
  それは、まことにたつ女らしい言葉だった。初めてたつ女にあったあの嵐の日が、阿梅の記憶から鮮明に蘇ってきた。
  あの時から彼女には、おのが強さをしめすためなら、自ら嵐をまねいて見せるようなところがあった。そのようにしか生きられないというべきなのか、そのようにしてまで生きていけると言うべきなのか、阿梅にもわからなかった。
  阿梅の脳裏に今あるのは、大坂の陣にふきあれた戦国さいごの嵐であった。父を奪われ兄を奪われ自分をも奪われかかったあのさなか、時にはくぐりぬけ時には吹き飛ばされて、自分が自分にようやく根付いたのだと思った。もしもたつ女の言うとおり再び嵐がくるのであれば、二度と吹き飛ばされてはならない。そう思った。
  どこへ出掛けたのか、なかなかに戻らぬ弁之助たちを待ちながら、二人の女の間にはついに話が尽き、いつまでも飽かず雨の庭を眺めやって時をかさねていた。  〈終〉

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