<掲示板・議事録>


     
  「城主のたわごと」2013-02(上下毛編2)、2


<さま 2013/03/31(Sun) 19:50>

こたつ城主さま、お久しぶりです。
新田氏関係のレポ、拝見しました。ほぼ地元なので馴染みのある場所や地名が多いのですが、知らなかったことが沢山書かれていました。地元だと「あるのが当たり前」の史跡でも、他の土地から来られた方には、別の見方があるんですね。行ったことがない史跡についても書かれていて、勉強になります。

こたつさまが世良田へ来られたときに寄られた喫茶店は、境女塚のCAFE ROSSYさん(地図:http://goo.gl/maps/m1QKJ)ではないでしょうか。あのあたりで喫茶店というと、ここしか思いつきません。
CAFE ROSSYさんは、世良田十字路から総持寺方向へ向かい、川を渡って少し行った左側にある和風なお店です。
私はコーヒーが苦手なので行ったことはありませんが、従妹によるとコーヒーが美味しく気さくなマスターの良いお店だそうですよ。

昨日の朝、世良田東照宮へ桜を見に行ってきました。
桜は満開でしたが、あいにくのお天気のうえに寒くてゆっくり桜を見ることは出来ませんでした・・・



<こたつ城主 2013/04/01(Mon) 11:58>

>紫さま

「城主のたわごと」読んで下さってたんですね〜
ありがとうございます(≧▽≦)! 去年お知らせした時に教えて頂いた「二体地蔵塚古墳」、その後あれこれ撮った現地の案内板の写真の中に発見しました! でも史跡名があるのみで、「義貞が徴税使の首を晒した伝承地」とは、紫さまにお聞きしないと知らなかったです!

紫さまには、ちょくちょく群馬の話をお聞きしてはいたんですよね(^^ゞ。
その内、焼まんじゅうは沼田や岩櫃、名胡桃に行った時に見ましたが(笑)、2004年に岩櫃に行った話をしてたら(たわごと2005-06)、紫さまに大胡城に行かれた話を聞きました。(議事録・史跡351)。私は「初耳」の城だと答えてました(笑)。
上州にはその翌年、志賀高原に行った時に通ったきりでしたが、それまでも信州とセットで行く事が多く、栃木に近い東側には疎いままでした。
南北朝の新田関連の史跡が多いのと、室町〜戦国を通して、その名残りを引きずってる感じがあって、内から見ても外から見ても、パッと取っ付ける所じゃないのかもしれません。

>境女塚のCAFE ROSSYさん(地図:http://goo.gl/maps/m1QKJ

ここですっ(≧▽≦)! 店名は自信無かったですが、ストリートビューで見る店構え、間違いナイです! さすが地元! 世良田もまだ行ってないトコがいっぱいあるので、場所がわかってると凄く助かります。ありがとうございます!
そう、和風で座敷もあって、昔風の猫の三回転図とか飾ってありました(笑)
コーヒーは、ウチも亭主と私で好みが分かれるんですが、メチャ私好みで(^^)、ブレンドの仕方を、コロンビアとブラジルだと教えて貰っちゃいました!(爆)ホントに気さくな方で、満車だった所を、外の幟だとか片付けてお店に入れて下さいました。どこもランチは終わってる感じだったので、とても助かったんです!

紫さまのブログで、その後、世良田東照宮の紅葉を拝見しました(^^)。感想は、ブログ宛のポストに投稿しましたよ!
桜満開でしたか! ウチの方もまだ咲いてます! ビックリです! かれこれ二週間近く咲き続けて、満開になってから一週間持ってます! いやはや寒いですもんね〜(^^A)。
 
     

     
  「城主のたわごと」2013-03(上下毛編3)


<こたつ城主 2013/03/30(Sat) 20:49>

題名:「城主のたわごと」2013年3月

↑今月も何とか間に合いましたっ(≧▽≦)。。宜しくお願いしまーーす!!

※ 過去更新状況
02/28「城主のたわごと」2013年2月
他、「今週のご挨拶とお知らせ」「議事録」など〜詳しくは「更新歴」を



<さま 2013/03/31(Sun) 19:50>

こたつ城主さま、お久しぶりです。
新田氏関係のレポ、拝見しました。

呑龍さま(大光院のこと)、懐かしいです。子どもの頃、叔母夫婦に連れて行ってもらいました。叔母夫婦と従兄姉・うちの三姉妹(子ども5人)で車の定員オーバーだったため、一番小さい私と妹が後部座席の足元にコートをかけられて隠れていたという思い出があったりします。(笑)
『上毛かるた』には、「太田金山、子育て呑龍」という札があるんですよ。県内では有名なお寺で、子どもを連れてのお参りが多い所です。



<畠山義綱さま 2013/03/31(Sun) 20:52>

>こたつ城主様

たわごと、拝見させていただきました。
それにしても群馬県太田市は「新田押し」が半端ないですね。さすがに「太平記」の新田ポスターには笑いました。足利尊氏じゃないポスターがあるとは…バブルの時代ですから、郷土ごとにあったポスターを作っていたんですかね?(笑)

 それにしても金龍寺しかり、新田義重の墓(大光院)しかり、派手さはないですが、よくみると色々な新田氏関係の史跡があるんですね。また、お土産の南北朝うどんとは…太平記押しがいたるところにあるんですね。ご購入はされたのでしょうか?新田というと、南北朝のイメージばかりですが、横瀬というと戦国の感じがでてきますね。

 あっ!そうそう!うちの金山城レポへのリンク、誠に恐悦至極にございます。大胡城レポからの続きも楽しみにしています!

 う〜ん、焼きそばみたら…無性に食べたくなってきました(笑)



<こたつ城主 2013/04/01(Mon) 11:58>

>紫さま

>一番小さい私と妹が後部座席の足元にコートをかけられて隠れていた
カッ、カワイイ(≧▽≦)!! そうそう、大光院は七五三の女の子が可愛らしく着飾って歩いてました。御守類も子育て関係がズラ〜ッと並んで。
上州かるたの件、なるほどです。観光ガイドでも一般的な旅行編の本では、わりと大きく扱ってるんですが、歴史ガイドになると、途端に周囲の寺社に紛れて見落としそうです(^_^;)。それだけ太田市は史跡がテンコ盛りなんでしょう(笑)。

2月号の「たわごと」も読んで下さって……m(__)m。



<こたつ城主 2013/04/01(Mon) 13:07>

>畠山義綱さま

「城主のたわごと3月」ありがとうございます\(^O^)/!
新田関連はホント多かったです(^_^;)。。それは行く前から判ってはいたんですが、行ったら課題がもっと増えた感じです(笑)。
大河「太平記」のポスターは、さすがに年季が入ってましたよ(^^ゞ。新田義貞(根津甚八)と勾当内侍(宮崎萬純)の写真は、当時も見た事あったかもしれませんが、覚えてるのは尊氏夫人(沢口靖子)、尊氏妾(宮沢りえ)、北畠顕家(ゴクミ)辺りだったので、感動しましたよ!(笑)

去年は風評被害もあって「赤城山に行ってみようかな」とは思ったものの、その周辺で歴史関係って何だろう?と思った所に、畠山さまの金山城レポを拝見したのです(^^)。
そうそう! こちらこそ金山城レポ、リンクご承諾ありがとうございました! かくあいなりました(^O^)/!
……で、レポ拝見した時も思った事なんですが、山頂の新田神社って何よ?と(笑)。
戦国末期、徳川勢力が来てから東照宮化までの動きって、正直ちょっと目が点になるんですが(笑)、新田〜徳川の間に、岩松・横瀬の新田信仰が入ると、「なるほど(^O^)!」という点が見えて来るのが、この地域の面白さと言えそうです!

南北朝うどんは、やきそば食べに行っちゃって買わず仕舞です(^^;)。。
お寺詣りの後に……と思ってたんですが、新田義重の墓が見付からないショックも多少手伝い、早く次に行かないと!と焦ってたとも思います(笑)。
旅行後、近くのスーパーで「おっきりこみ」を買い、チゲ鍋を作りました!(笑)

畠山さまも焼そば、ちょうど花見の屋台など出廻ってますし(^。^)<悪魔のささやき

↑珍しくフリーズを食らって、前の投稿からちょっと時間が空きましてm(__)m。。
 
     

     
  <Syoさま 2013/04/11(Thu) 13:11>

こたつ城主さま、こんにちは〜
一年ぶりの爆弾低気圧も過ぎ去り、満開だった桜も散花し石楠花、ツツジへと季節の花も移ろい初夏目前ですね。

<2013年・城主のたわごと3月>を拝させていただきました。
今回も大変読み応えがございまして・・お腹ポンポンでございます?!(^^ゞ爆
本日は、こたつ城大手門より堂々の入城となりました?(^^ゞ爆
毎度ながら何度も勝手口?からこっそり入城しておりました。(^^ゞ
毎度の大作に一度では感想が書けないもので(; ̄ー ̄A
群馬は新田氏が色濃く残っている土地柄なのだとよ〜くわかりました。それと、古墳もたくさんありますね。

千手観音堂の鬼瓦は確かに珍しいですね。
みやげ物店の大河ドラマ「太平記」のポスターに幟もお宝です。鑑定はいかほどか?!ヾ(・・ )ォィォィ しかし、店内で今も活躍しているのがまじで、凄いなぁ〜(@_@)

ほうとう、上州やきりこみ、新田乃庄かまど蒸し饅頭、南北朝うどんに羊羹や塩麹までありますね。
こちらでは、ほうとうを頂けることがないので どんなんかな〜って とっても興味があります。(^^ゞ

やきそばが、なぜに名物なのかと思ったら
スバル360やラビットスクーターで一世風靡した富士重工業の社員さんたちに大人気となり人気から名物になったようですね・・・お書きのように、合理的で美味しいですもんね。(^^♪

新田の大中黒紋に左右を囲まれた、徳川氏の三葉葵紋の二つが並んでいる手水受けも珍しいですね。
こたつさまの紹介されている源氏家系図で新田氏、足利氏が同族であることや、徳川家の先祖であることなどよくわかりました。

義重山新田寺大光院は新田寺とも号しているようなので
新田氏の菩提寺的寺院ですね。
ミニチュア五重の塔や鶴と亀に見立てた菊花がなんとも目を惹きますね〜(^▽^;)

「城主のたわごと3月」を拝し、一番関心をもったのが<曹源寺(さざえ堂)>でございます。会津にもあるようですね・・・

>構造上の特徴は、一階正面の本尊・魚藍観音を中心にして、その周りを右回りで三回巡ると、自然と元の位置にもどって礼拝できるように造られている。
ちょうど栄螺(さざえ)の殻の中を歩くようなところから、いつしか「さざえ堂」と呼ぶようになったという。

こちらでは、見たことがない建築意匠で三回巡ると元の位置に戻れるって事は、ここで迷子になる子供もいないということですね。(^^ゞ爆 以前にも書きましたが、聖徳太子像というのは中々お目にかかれませんので、さざえ堂と共に珍しいものを拝見させていただきました。

三十数名の里見勢の墓も伝承と共に凄いですね。
毎度ながら、大作に今回もたくさん楽しませていただきました。( ^^) _旦~~



<こたつ城主 2013/04/11(Thu) 22:16>

>Syoさま

Syoさま、こんにちは!
桜は開花〜満開まで超特急の早さでしたが、その後寒い日が続いて、ナント三週間ぐらい満開続きでした(^_^A)。

「城主のたわごと3月」お読み頂き、又そのために何度かお立ち寄り下さったとの事、誠にありがとうございますm(__)m<ペコリ
当初、新田氏の痕跡は上州でも南部辺りと思ってましたが、中央の赤城山や、さらに北部にも伝承史跡があり、ご指摘の里見氏もまた新田氏の一族で、やや西寄りの榛名山と、意外と広範囲なのは確かです(^^ゞ。
しかも新田には、何となく南北朝のイメージがあったのですが(笑)、平安末から続く痕跡も多く残されてて、私もちょっと驚きました(^^ゞ。
古墳は多いですよね。寺社やらと同じ場所にあるのに驚きます(^_^;)。
京から東山道を辿ると、関東で一番最初に出会う国が上州ですので、古代は、畿内の進んだ文化を最も早く吸収した土地だったろうと思います。

>千手観音堂の鬼瓦は確かに珍しいですね。
でしょ(#^.^#)? 髭を波に、髻を鯱に変えてるんですよね〜。凄く斬新なデザイン!

大光院は、菩提寺と言っても、江戸期からですから、新田と言うよりは、殆ど徳川氏御用のお寺でしょうが(笑)、その門前町の土産屋で大河「太平記」のポスターが未だに飾ってあるのを見ると、「土地の意識としては、ここが新田の本流なのかなー」と思います(笑)。

「ほうとう」は京では召しあがれませんか(゚.゚)!
ちょっと前まで……そうですね。20年も前だと、山梨以外ではあまり見掛けなかったです!ここ10年ぐらいですかね、わりと近くのスーパーでも置く事が増えました(^_^;)。
もっとも群馬には昔からあったんでしょうが、その群馬特有の「やきりこみ」「おきりこみ」も、この頃では近くのスーパーで時々置いてあるんです!(笑)
う〜ん、私もSyo様に是非召しあがって頂きたいです!!!
そうですね……「おきりこみ」は幅が広く、少し厚さのある「きし麺」で、「ほうとう」は、コシが強く太い(太さが一定しない)モチモチした「うどん」です。
どちらも長く煮込んでも溶けたり伸びたりしないので、甲州や上州のような山間の寒い土地で、火を点けっ放しの鍋を囲んで「アツアツ( ^,3^)ф´」と食べるのに良い具材です。
ただ煮続けて味が染みるので、関西の方にはだいぶ味が濃いかと思いますが(^_^;)ゞ。



<こたつ城主 2013/04/11(Thu) 22:16>

>Syoさま、2(つづき)

焼そばの話は、私もお土産屋さんでパンフレットを貰わなかったら、知らないままでした!
確かに麺類は値段も手頃、保存も効くし、エネルギー満点で大助かりですが、ドンブリに汁ってスタイルだと、場所・手間・時間の制約が大ですもんね。
電子レンジも電子ジャーもインスタント食品も無い時代、焼そばがいかに効率のイイ食べ物だったか、私も思いが至りました! さすが東北の知恵です!
何かこう……焼そばに関する案内板を建てると、もっと広く知れ渡るんでしょうけど……焼そばの銅像を作るといいかな! ヽ(^^;)<どんな

新田の大中黒紋と徳川の三葉葵紋というのは、それこそ紫様のお話だと、現地では珍しくないのでしょうが、ヨソから来ると、「おおお!」と思わず声が出てしまいます(笑)。
そこに、新田義貞と徳川家康が時代を越えてツーショットしてる感じです!(爆)
新田・足利・徳川(得川)、世良田に岩松に横瀬、さらに里見まで加わって、みんな一族と言われても、ややこしいですよね。わかります(笑)。

>ミニチュア五重の塔や鶴と亀に見立てた菊花がなんとも目を惹きますね〜(^▽^;)
この日はちょうど御開帳&七五三&菊花展示会の重なる日で、あの五重の塔の屋根に咲く菊花は、毎年出されるんでしょうかね(・・;)。スゴイ細工ですよね。

>一番関心をもったのが<曹源寺(さざえ堂)>
ほぉほぉ(゚.゚)!はい!会津若松にもあります。会津には何度か行きながら、子供の頃に行ったきりですが、写真で見ても、外目から見た感じが既に「栄螺(さざえ)」の様相です(笑)。
あれ?! そう言えば、全国で6軒だか現存してるとネット上で見ましたが、言われてみれば西の方には無かったような……?φ(。。)m
西どころか東京が最南端? 神奈川や静岡にすら無いかも!?
でも曹源寺のさざえ堂を作った大工は、「京都吉田家門下」との事ですよ(゚.゚)。
この手のカラクリっぽい建物は、確かに江戸時代に多く作られたのかな、という感じはありますので、東国に多いのは確かかもしれませんが(笑)。
聖徳太子の像は大きいですよねー!色も鮮やかで隣の地蔵菩薩よりデカイのが圧巻!(笑)

里見兄弟の墓というのは、行ってみるまで、何となく雲を掴むような感覚があったんですが、行くと、すぐ真上に城山が見えて、まさに「城を枕に討死」を実感する場所でした。。。

>毎度ながら、大作に今回もたくさん楽しませていただきました。( ^^) _旦~~
ゴクンゴクン>(┌ ̄。)⊇  (^O^)旦<ゴッツォーでした!
 
     



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