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<Syoさま
2013/04/11(Thu) 13:11>
こたつ城主さま、こんにちは〜
一年ぶりの爆弾低気圧も過ぎ去り、満開だった桜も散花し石楠花、ツツジへと季節の花も移ろい初夏目前ですね。
<2013年・城主のたわごと3月>を拝させていただきました。
今回も大変読み応えがございまして・・お腹ポンポンでございます?!(^^ゞ爆
本日は、こたつ城大手門より堂々の入城となりました?(^^ゞ爆
毎度ながら何度も勝手口?からこっそり入城しておりました。(^^ゞ
毎度の大作に一度では感想が書けないもので(; ̄ー ̄A
群馬は新田氏が色濃く残っている土地柄なのだとよ〜くわかりました。それと、古墳もたくさんありますね。
千手観音堂の鬼瓦は確かに珍しいですね。
みやげ物店の大河ドラマ「太平記」のポスターに幟もお宝です。鑑定はいかほどか?!ヾ(・・ )ォィォィ しかし、店内で今も活躍しているのがまじで、凄いなぁ〜(@_@)
ほうとう、上州やきりこみ、新田乃庄かまど蒸し饅頭、南北朝うどんに羊羹や塩麹までありますね。
こちらでは、ほうとうを頂けることがないので どんなんかな〜って とっても興味があります。(^^ゞ
やきそばが、なぜに名物なのかと思ったら
スバル360やラビットスクーターで一世風靡した富士重工業の社員さんたちに大人気となり人気から名物になったようですね・・・お書きのように、合理的で美味しいですもんね。(^^♪
新田の大中黒紋に左右を囲まれた、徳川氏の三葉葵紋の二つが並んでいる手水受けも珍しいですね。
こたつさまの紹介されている源氏家系図で新田氏、足利氏が同族であることや、徳川家の先祖であることなどよくわかりました。
義重山新田寺大光院は新田寺とも号しているようなので
新田氏の菩提寺的寺院ですね。
ミニチュア五重の塔や鶴と亀に見立てた菊花がなんとも目を惹きますね〜(^▽^;)
「城主のたわごと3月」を拝し、一番関心をもったのが<曹源寺(さざえ堂)>でございます。会津にもあるようですね・・・
>構造上の特徴は、一階正面の本尊・魚藍観音を中心にして、その周りを右回りで三回巡ると、自然と元の位置にもどって礼拝できるように造られている。
ちょうど栄螺(さざえ)の殻の中を歩くようなところから、いつしか「さざえ堂」と呼ぶようになったという。
こちらでは、見たことがない建築意匠で三回巡ると元の位置に戻れるって事は、ここで迷子になる子供もいないということですね。(^^ゞ爆 以前にも書きましたが、聖徳太子像というのは中々お目にかかれませんので、さざえ堂と共に珍しいものを拝見させていただきました。
三十数名の里見勢の墓も伝承と共に凄いですね。
毎度ながら、大作に今回もたくさん楽しませていただきました。( ^^) _旦~~
<こたつ城主 2013/04/11(Thu)
22:16>
>Syoさま
Syoさま、こんにちは!
桜は開花〜満開まで超特急の早さでしたが、その後寒い日が続いて、ナント三週間ぐらい満開続きでした(^_^A)。
「城主のたわごと3月」お読み頂き、又そのために何度かお立ち寄り下さったとの事、誠にありがとうございますm(__)m<ペコリ
当初、新田氏の痕跡は上州でも南部辺りと思ってましたが、中央の赤城山や、さらに北部にも伝承史跡があり、ご指摘の里見氏もまた新田氏の一族で、やや西寄りの榛名山と、意外と広範囲なのは確かです(^^ゞ。
しかも新田には、何となく南北朝のイメージがあったのですが(笑)、平安末から続く痕跡も多く残されてて、私もちょっと驚きました(^^ゞ。
古墳は多いですよね。寺社やらと同じ場所にあるのに驚きます(^_^;)。
京から東山道を辿ると、関東で一番最初に出会う国が上州ですので、古代は、畿内の進んだ文化を最も早く吸収した土地だったろうと思います。
>千手観音堂の鬼瓦は確かに珍しいですね。
でしょ(#^.^#)? 髭を波に、髻を鯱に変えてるんですよね〜。凄く斬新なデザイン!
大光院は、菩提寺と言っても、江戸期からですから、新田と言うよりは、殆ど徳川氏御用のお寺でしょうが(笑)、その門前町の土産屋で大河「太平記」のポスターが未だに飾ってあるのを見ると、「土地の意識としては、ここが新田の本流なのかなー」と思います(笑)。
「ほうとう」は京では召しあがれませんか(゚.゚)!
ちょっと前まで……そうですね。20年も前だと、山梨以外ではあまり見掛けなかったです!ここ10年ぐらいですかね、わりと近くのスーパーでも置く事が増えました(^_^;)。
もっとも群馬には昔からあったんでしょうが、その群馬特有の「やきりこみ」「おきりこみ」も、この頃では近くのスーパーで時々置いてあるんです!(笑)
う〜ん、私もSyo様に是非召しあがって頂きたいです!!!
そうですね……「おきりこみ」は幅が広く、少し厚さのある「きし麺」で、「ほうとう」は、コシが強く太い(太さが一定しない)モチモチした「うどん」です。
どちらも長く煮込んでも溶けたり伸びたりしないので、甲州や上州のような山間の寒い土地で、火を点けっ放しの鍋を囲んで「アツアツ( ^,3^)ф´」と食べるのに良い具材です。
ただ煮続けて味が染みるので、関西の方にはだいぶ味が濃いかと思いますが(^_^;)ゞ。
<こたつ城主 2013/04/11(Thu)
22:16>
>Syoさま、2(つづき)
焼そばの話は、私もお土産屋さんでパンフレットを貰わなかったら、知らないままでした!
確かに麺類は値段も手頃、保存も効くし、エネルギー満点で大助かりですが、ドンブリに汁ってスタイルだと、場所・手間・時間の制約が大ですもんね。
電子レンジも電子ジャーもインスタント食品も無い時代、焼そばがいかに効率のイイ食べ物だったか、私も思いが至りました! さすが東北の知恵です!
何かこう……焼そばに関する案内板を建てると、もっと広く知れ渡るんでしょうけど……焼そばの銅像を作るといいかな! ヽ(^^;)<どんな
新田の大中黒紋と徳川の三葉葵紋というのは、それこそ紫様のお話だと、現地では珍しくないのでしょうが、ヨソから来ると、「おおお!」と思わず声が出てしまいます(笑)。
そこに、新田義貞と徳川家康が時代を越えてツーショットしてる感じです!(爆)
新田・足利・徳川(得川)、世良田に岩松に横瀬、さらに里見まで加わって、みんな一族と言われても、ややこしいですよね。わかります(笑)。
>ミニチュア五重の塔や鶴と亀に見立てた菊花がなんとも目を惹きますね〜(^▽^;)
この日はちょうど御開帳&七五三&菊花展示会の重なる日で、あの五重の塔の屋根に咲く菊花は、毎年出されるんでしょうかね(・・;)。スゴイ細工ですよね。
>一番関心をもったのが<曹源寺(さざえ堂)>
ほぉほぉ(゚.゚)!はい!会津若松にもあります。会津には何度か行きながら、子供の頃に行ったきりですが、写真で見ても、外目から見た感じが既に「栄螺(さざえ)」の様相です(笑)。
あれ?! そう言えば、全国で6軒だか現存してるとネット上で見ましたが、言われてみれば西の方には無かったような……?φ(。。)m
西どころか東京が最南端? 神奈川や静岡にすら無いかも!?
でも曹源寺のさざえ堂を作った大工は、「京都吉田家門下」との事ですよ(゚.゚)。
この手のカラクリっぽい建物は、確かに江戸時代に多く作られたのかな、という感じはありますので、東国に多いのは確かかもしれませんが(笑)。
聖徳太子の像は大きいですよねー!色も鮮やかで隣の地蔵菩薩よりデカイのが圧巻!(笑)
里見兄弟の墓というのは、行ってみるまで、何となく雲を掴むような感覚があったんですが、行くと、すぐ真上に城山が見えて、まさに「城を枕に討死」を実感する場所でした。。。
>毎度ながら、大作に今回もたくさん楽しませていただきました。( ^^) _旦~~
ゴクンゴクン>(┌ ̄。)⊇ (^O^)旦<ゴッツォーでした!
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