<掲示板・議事録>

「城主のたわごと」2007-06(松戸城址編)

     
  <こたつ城主 2007/06/13(Wed) 19:57>

題名:「城主のたわごと」2007年6月

↑更新しました〜。宜しくお願いします(^^)。
他「今週のご挨拶とお知らせ」

※過去更新状況
06/05「マハーバーラタ」33〜36話



<小野寺維道さま 2007/06/14(Thu) 00:02>

どうもです。
拝見しました。
その節はお世話になりました。楽しかったです。
まだ寒かったときですね。今日も暑くてあの頃に帰りたい・・・。

「高城氏」
こたつさまからご教示いただくまで、お恥ずかしいことですが知りませんでした。
こたつ様のご指摘のように「千葉一族」は東北に下った者ももよく「胤」の字を使ってます。
「千葉氏」じゃ無いような気がします。丹羽基二先生の本に「下総国葛飾郡高木村より起こる千葉一族」家紋は「九曜紋」と書かれています。「九曜」が事実とすれば相馬系のような・・・。でも結局、広義で捉えると千葉氏と一緒ですか。高城氏の出自が気になります。

普段なにげに通っている国道脇の鬱蒼とした森が城跡だとは思いませんでした。このままずっと残っていて欲しいものです。

訪問の際はその後の予定が入っていて、せわしなくてスミマセンでした。またゆっくりと案内してください。



<こたつ城主 2007/06/14(Thu) 19:51>

>小野寺維道さま

「城主のたわごと」早速ありがとうございます!

こちらこそ、あの時は楽しかったです(^^)。私もあの頃はまだせわしない時期でしたし、ちょうどウマイ時間配分で、くつろいで時間を過ごさせて頂きました!

いえいえ全然恥ずかしい事じゃないです(^_^;)。だいたい私自身まず行ってしまってから、後で「そういう所だったのか(゚.゚)」と知る事が多く(笑)、当時は人に説明できる程じゃなかったんです(^^ゞ。

特に高城氏は今回も書いた通り、謎が多くてあまり大っぴらに著述に載ることも少ないと思います。私も今回書きながら「断片的なツギハギで、ここまで書いて大丈夫かな〜」と思ったのですが、通り一遍で過ぎると、いつまでも印象に残らない気がして、頑張ってやってみました(^^ゞ。

小野寺さまのお住まいからはちょっとエリアが違いますしね。
ただそちらのエリアで、やはり守谷城は当時の関係図に大きく組み込まれる地域だとは思いました。今度ぜひ行きたいと思いますので、また宜しくお願い致します。

出自について、今回は謎の部分のみ書いてしまいましたが、九州千葉氏の流れとは言ってるようで、「九曜紋」を用い、また途中から(?)は「胤」の名乗りになりました。
宗家の千葉氏が動乱に揉まれた時代なので、下総における勃興時を知る手掛かりに乏しいようではありますが、血縁でなかった場合も、原氏の家老として出て来るので、相馬が千葉氏から養子を得て将門の流れを継いだような具合に、例えば女婿とか養子のような組み込まれ方があったのかもしれません。

>普段なにげに通っている国道脇の鬱蒼とした森が城跡だとは
同じです(≧▽≦)。私なんかもっと近いですから、よく牛丼を食べに行く場所でした(笑)。



<たみいさま 2007/06/16(Sat) 15:56>

たわごと(旅行記)拝見致しました。
突然の、リッチそうなXmasイルミネーションに、「ああ、ついこの間なのに、遥かな懐かしさを感じるなぁ」、と思った所です。
でも、ほんとうに見事ですよね、あれをタダで公開するなんて、やはりリッチで太っ腹なんですわ、(^_^)。

お正月も、思い起こせば、つい、この間でございました。
梅干茶、正月アイテムだとは知りませんでした。
そして、お雑煮の美味しそうな事、具沢山ですねー。
これを食っちゃ寝か・・梅干茶の理由も分かる。

藤塚稲荷、思い出しました、この稲荷の変遷を。
元の地は、駅前で、それこそ、「有効利用」、とか言いそうなのに、しっかと稲荷跡として区画を残してあるのが立派だと思います。 ただのお狐さまが祀られてるのとは違いますもんね。

大谷口城:
昔から(?)、城主さまが、「ウチの方は、大谷口城ぐらいしか無いからねぇ」、と仰っていたのを覚えています。

なんと、凄い城ではありませんか。

>城の規模は南北約600m、東西約800mに及ぶ県下最大級の中世城郭

この一部とは言え、(それでも広大ね)、ああして維持管理している、(それも美しく)、のは凄いと思います。
高城氏、1400年代始めに、その名が見られると言う事からも、かなりの良い家だったのは間違いありませんよね。分かっている事が少ないと、余計に想像が膨らんでドラマまで作ってしまいそうです、(^_^;)。

二見さま、小野寺さま、よう御座いましたね、羨ましい、(^_^)。



<こたつ城主 2007/06/16(Sat) 23:45>

題名:明日おらぬです〜

↑毎度(^^ゞ。

>たみい様

「城主のたわごと」ありがとうございます!
そちらでもクリスマス・イルミネーションの話が出ましたよね(^^ゞ。年々豪華さを増してますが、最初は「増えると肩身の狭い家も出るのでは(^_^;)」なんて思った事もありました。
でもこの頃は密かに楽しみになって来ました(笑)。いやホント、見てるだけの者には感謝状モノですよっ!!

>梅干茶、正月アイテムだとは知りませんでした。
やっぱそうですか(゚.゚)。実は私もこれをやってる家ってあまり聞いた事がないんです。強いて関連事項を調べてみると……、
正月の福茶:http://www.o-cha.net/japan/japan/culture/culture14.html
(お茶を楽しむHP:http://www.o-cha.net/index.aspより)
これに「皇服茶」というのが出て来ますので、どっかから実家に入り込んだのか……。

雑煮の具沢山は毎年恒例になってしまいました(^^ゞ。
おせち料理を減らさない工夫と、おせちって喉が渇くので、そのたびに酒を飲んでたら、あっと言う間に廻ってしまうので、雑煮でなるべく間を持たせる作戦なのです(笑)。

藤塚稲荷の元地のこと、覚えてて下さってありがとうございます(^^)。
私も「跡地」をシッカリ残してるという話には感動しました。また地元なのにそういう大事な事を意外と知らないな〜、と少し反省もしました(^_^;)。
このごろ国府台合戦の跡地というのが、実は場所がもう一つ確定しきれてない、と知って、そうなると、この界隈はどこも都市化の渦の中にありますから、「開発されて判らなくなっちゃった(^^ゞ」とか言ってる場合じゃないんだな、と改めて思うようになってます(^_^;)。

大谷口城は残念ながら大部分が今は無く(^_^;)、公園を訪れる人には、根木内城の方が大きかった感じがするかもしれませんが、栗ヶ沢→根木内→大谷口と移転した理由として、「手狭になったから」という推測もよく聞きますので、大谷口城の規模の方が、かなりのものだったのだと思います。

確かに維持管理の上では、今回ご一緒して頂いた小野寺さまにも二見さまにも、お褒めのお言葉を頂いたんです(^^)。
城跡の消失は、どれも都市化の影響が第一だったとは思いますが、謎が多いために地元の自覚が足らなかったのかもしれず、今となっては「判っていようがいまいが、残すべき物は残さなければ」と自覚し直す必要があるのだと痛感してます(^_^;)。

>分かっている事が少ないと、余計に想像が膨らんで
それもありますよね〜。特に1400年代ごろというのは、「あんた誰(^_^;)」な勢力がバンバン房総に入り込んで旧勢力を駆逐する前兆だった感じがします。
高城氏はその最たる氏族かも(笑)。



<たみいさま 2007/06/21(Thu) 14:27>

たわごとから、
根木内城編、(^_^)。
↑これは、「ねきない城」、じゃ無いですよね。
方向音痴なので、地図的な感じはまるっきり掴めないのですが、(^_^;)、左廻りだけで、こんなにあるのですか。

高台から湿地まで、そして密林、敷地が凄いですね。
そして、野鳥に野草、小動物、ヨシ刈り、と来ると、築城の頃の江戸城も、こんな敷地だったのかな、なんて思ったりしました。

この近所のワンちゃんも、飼い主も幸せね。
動物病院があんなに近くに2軒あると言う事は、どちらも良い医療とサービスを提供する事になるでしょうし、(^_^)。

贅沢な公園だと思います。
週末などには、結構、散策の市民も多いのでしょうか。
恵まれてますよね。。。



<こたつ城主 2007/06/21(Thu) 19:18>

>たみい様

「城主のたわごと」ありがとうございます(^O^)。
根木内城は「ねぎうち」と呼びます。私は各地の城跡を訪れて近くでラーメンを食べる事が多いので、ぜひ「ネギ打ちラーメン」というメニューのある店が出来て欲しいです(爆)。

元の敷地を比べれば、大谷口城の方が大きいハズですが、現在保存されてる敷地としては根木内公園の方が広く、また森林や沼地など自然の状態としても開発の爪跡があまり感じられず、特に丘陵地は入った途端ジャングルみたいです(笑)。

>築城の頃の江戸城も、こんな敷地だったのかな
同じことを考えましたっ(≧▽≦)。
いま東京でこういう場所は無いと思いますが、思えば当時の自然状態としては千葉も似ていたでしょうから、ちょっと郊外に出れば当時の風情を味わう場はあるという事ですね。

どこの公園でもワンちゃん連れの人は多いものですが、この公園はそれ専門って感じがします(笑)。
ワンちゃん達も、広場に入って来るなり他のワンちゃんと遊ぶのを予定してると見え、「仲間を探しに来たゾ〜」という風情です(^^)。

近年は松戸も環境保持にだいぶ神経を使ってると見えますし、特に子供のいる家庭は、出来るだけ自然に触れられる環境を喜んでる感じがします。
私が子供の頃から、この近辺ではザリガニ釣りが人気でしたから、今は二世三世がその昔を懐かしむ時代に入った、という事もあるかもしれません(^^ゞ。
 
     



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