<掲示板・議事録>

筒井順慶の郡山城、石にまつわる話、2

     
  <のりちゃんさま [近畿] 2004/11/29(Mon) 19:19>

石垣の為に、いろんなものを運ばせたんでしょうね・・・。
姫路城でしたっけ。大阪城だったかな?
石垣に「石臼」が張り付いてたり(笑)
あ、そうそう!確か、筒井順慶の郡山城ではお地蔵さんが石垣に組み込まれてたと思います。
でも、順慶は、その後、祭祀はしてないと思います。
だって、逆さに組み込まれてますし・・・(^^ゞ

風呂は、「半身浴」がいいといいますね。
心臓に負担がかからなくて。
でも、せっかちなんで、あったまる前に、
「もう出る〜」
となってしまいますね(笑)
やっぱり、どうしても汗をかき続けたければ、運動しろ、ってことでしょうか。

で、夏山は、雷雨という障害もありましたね〜〜。
あと、すっごく汗かくじゃないですか。
頂上は結構気温が低いので、少し休んだら、すげ〜寒くなっちゃうんですよね〜〜〜。
やっぱ、山は秋がシーズンなのかも。



<たみいさま [東海] 2004/11/30(Tue) 11:18>

石と言えば、江戸城の石垣には伊豆石が沢山使われており、その切り出し跡が、今でも海岸線に剥き出しになっています。
海路、難所もありますが近いですからね。

後に、黒船にも伊豆石が乗せられました。
ペリーさんが、
「我が国は、建国の祖、ワシントンの記念塔を建設中である。世界の名石を集めた立派なものとなる。日本からも是非寄贈して欲しい」、と言うので三尺角の石材を乗せたのでした。

記念塔なるものを見た事もないのですが(米国に行ってないから当然)搭の220段目がソレだそうです。
下田奉行所の筆の達人が書いた、「1854年5月、伊豆の国下田より出す」と彫ってあるそうな。



<こたつ城主 [関東] 2004/11/30(Tue) 18:43>

>のりちゃん様

石垣に入り込んでる「妙な混在物」って、特集したらそれなり面白いんじゃないかな(^。^)。
しかしその、筒井順慶の郡山城(これって秀頼が移されそうになった所だったり、秀長が持ってた城だったりする郡山城かな)の「お地蔵さん」てのは、中でも「とんでもない」方に入るんじゃないですかね(笑)。しかも、↓

>だって、逆さに組み込まれてますし・・・(^^ゞ

ですか!(笑)
ちょっと調べてみたんですが、筒井順慶・定慶、島左近、羽柴秀長、その養子豊臣秀保、増田長盛、大久保長安、変死者が多い(^^;)。

風呂。半身浴で長く入るのがいいそうですね。水風呂と交替で入るとか、露天みたいに出れば涼しい所とか、そういう所だと無理なくたくさん汗をかくのでしょうね。
あと塩サウナなんちゅうのも、余計に汗かきそうですよね。
運動してかく汗というのは、「汗かいた!」って気分がイイというのもありますね(^^)。着てる物がビッショリ湿ったりして、いかにも!って感じしますし。

山で遭う雷雨ってのは、わりと恐いんですよね(^_^;)。また夏は木々で視界が塞がれるので、実は遭難しやすいとも聞くんで、やはり秋がいいかもしれません。
ただ秋以降は日が短くなるんですよね〜(^^ゞ。



<こたつ城主 [関東] 2004/11/30(Tue) 18:44>

>たみい様

江戸城は伊豆から石を運ばせたんですねっ(゚.゚)。
切り出した跡が残ってるというのは面白い。積んであるのとジグソーパズルみたいに組み合わさったり(無理:笑)。
そうそう、江戸は水路を張り巡らせて、江戸城まで船で行き来できたのですよね〜。

ペリーが各国の石コレクションをしてたってのは初耳です(^^)。
やっぱどの段に入ってるか、ジグソーパズルみたいに探した人がいるのか、それともペリーさん自身が、「何段目はどの国の石」と定めたのかな、と思ったら、なるほど、下田奉行所が彫ったのですね☆ミ
そうですよね。力学の専門家に相談しないと、下手に乗せるとヤバそうですし(^^ゞ。



<のりちゃんさま [近畿] 2004/12/06(Mon) 20:08>

変死者が多いんだ(^^ゞ
とりあえず、今はちゃんと祭られてたと思います。
えぇっと、確か「逆さ地蔵」とか云うネーミングだったっけ(爆)
もしかしたら、筒井順慶の「悪評(洞ケ原)」もお地蔵さんの祟りで、もしそれがなければ、「慎重な智将」と好評なのかも(笑)

で、お風呂ですが、私はとりあえず、お風呂に浸かってのんびりした後、一旦出て、手足に水をかける。
で、もう一回お湯に浸かる。
手足のマッサージ。
手足に水。
お湯。
という順序を踏んだ後、髪の毛を洗ってます。

効果のほどは確かじゃないんですが、髪の毛を洗う段階では体があったまってるので、もしかしたら、「ポンプ作用」はあるのかも。
でも単に、「時間かけてあったまってる」だけかもしれません(笑)



<こたつ城主 [関東] 2004/12/07(Tue) 18:57>

>のりちゃん様

まあ乱世に変死は付き物ですが(笑)、中でも豊臣秀保の横死は謎めいてます。
関白秀次の実弟(同母)で、秀長(に子が無いので)跡を継いだんですが、確か近習に抱き抱えられて、川だったか堀だったかに飛び込んで溺死するんです(^^;)。
今ちょっと調べたら、どうも十津川の出来事っぽいです。郡山と近いでしょうか。

あと大久保長安も死因が謎とかいう話を前に聞いたんですが、こっちは今サ〜ッと調べた限り、あまり出て来なかったので、ドラマか小説の脚色と混同してるかも(^^ゞ。
増田長盛。自害説の一方、病死説もあるってだけで、こゆのはわりと多いんですが。

手足に水をかける入浴法ですか。のぼせない効果があるのかな。
長風呂がいいそうで、少なくても20分入るのがいいんだとか。温まるというのもあるのでしょうが、水圧が効果がある感じもしますね。
あと、よく半身浴は言われますよね。私なんか肩までドップリ浸かるのが好きなんで、なかなか出来ないんですが(^^ゞ。
 
     

     
  <のりちゃんさま [近畿] 2004/12/07(Tue) 20:26>

十津川ですか。
警部がいるところですね(←苦しい!)

十津川は、奈良の最南部ですね。
郡山からは、かなり離れてます。
この辺りは、南朝の伝説が多いんですよ。十津川にも南朝皇居跡があったと思います。
豊臣秀吉と南朝の関係はよくわかりませんが、秀保の死は、南朝の祟り、というのは考えられそうですね。



<こたつ城主 [関東] 2004/12/08(Wed) 20:21>

>のりちゃん様

秀吉には二人の兄弟がいて、一人が弟の秀長。秀長は子が出来ないまま亡くなりました。
もう一人が姉の日秀で、秀次、秀勝、秀保という子供がいました。
長男の秀次が関白に就き、次男の秀勝は文禄の役(朝鮮出兵)に出陣して病没し、三男の秀保が秀長の跡を継ぎました。

そこに秀吉の子、秀頼が生まれたんですね(^^ゞ。秀保が亡くなったのはそんな時でした。十津川で療養中(温泉ですかね)家来が無理心中をはかった、というのと、兄の秀次が切腹させられたのが翌年ですから、当時はあれこれ憶測されたのではないかと思います。

というわけで、十津川という場所は、あくまでも死ぬ時に居た(あるいは、そこで殺そうと計画されてた)だけでしょうから、南朝の祟りは無関係だと思います(^^ゞ。
秀保も秀次と同じく素行が悪かった、とされてます。そうした記録に何らか捏造でも無い限り(笑)、居城であった郡山にまつわる何か、と考える方が妥当ではあると思います。



<こたつ城主 [関東] 2004/12/08(Wed) 20:28>

題名:訂正(追加?)

のりちゃんへのレス

>秀吉には二人の兄弟がいて、

三人ですね(^^ゞ。妹の朝日姫(家康室)がいたっけ(笑)。



<たみいさま [東海] 2004/12/09(Thu) 18:50>

>三人ですね(^^ゞ。妹の朝日姫(家康室)がいたっけ(笑)。

朝日姫のお墓のある町(静岡市内)が町興しの一つにしようとした新聞記事を見た覚えがあるのだけど、
ちょっとムリかもね〜(-_-;)。

朝日姫の容貌について書かれたものは覚えが無いのですが、大河の影響か、泉ピン子さんが浮かんで来ます。
それが高橋こうじ(字を忘れた)信長の時だったのか?。



<こたつ城主 [関東] 2004/12/09(Thu) 21:48>

>たみい様

で、朝日姫の墓が静岡市にあるってのは、考えてみれば当然なんですが、今まで知らなかったです(^^ゞ。これですかね。↓
正妻 朝日姫:http://www.asahi-net.or.jp/~KW2Y-UESG/asahihime.htm
(「静岡見て歩き」:http://www.asahi-net.or.jp/~KW2Y-UESG/より)

私も泉ピン子さんのイメージが強いです。「おんな太閤記」(1981)ですね。この時の信長は藤岡弘で、高橋幸治が信長をやったのは「太閤記」(1965)と「黄金の日日」(1978)です。
 
     

     
  <のりちゃんさま [近畿] 2004/12/15(Wed) 16:28>

ははぁ、秀保は、十津川には、「たまたま」いただけなんですね。
しかし、タイミング的には、「実に怪しい」んですね(笑)



<こたつ城主 [関東] 2004/12/15(Wed) 18:49>

>のりちゃん様

秀保の場合は、変死の中でも「心中」ってかなり異常ですよね(笑)。



<のりちゃんさま [近畿] 2004/12/22(Wed) 07:08>

秀保の話しは、ここで始めて教わりましたが、「心中」でも「無理心中」っぽいですよね?
確かに、かなり異常。
もし、殺すならば、毒殺の方がずっと「楽」ですよね?きっと。
やっぱ呪いかも(笑)



<こたつ城主 [関東] 2004/12/24(Fri) 18:40>

>のりちゃん様

秀保の話(十津川事件)は「無理心中」っぽいですね(^^ゞ。
似たような事件だと、宇佐美定行が長尾政景を抱き込んで野尻湖に沈んだ、という逸話があります。
が、秀保の場合は「主殺し」に近いですね。
「無理心中」と「主殺し」の差もビミョーですが(笑)、「主殺し」も「謀反」と言うより「刺し違え(=無理心中)」と変わらないのもあります。
● 主殺し(現行犯逮捕)
・被害者:松平広忠(家康の父)。加害者:岩松八弥
●主殺し(謀反)
・ 被害者:信長。加害者:光秀(「本能寺の変」)



<のりちゃんさま [近畿] 2004/12/30(Thu) 08:36>

>主殺し
一番そのイメージがつよいのは、やっぱり道三ですよね。
国盗りでも、最初から仕組んでた・・・というか、主がどうしょうもないアホ・・・という描かれ方だったかと(笑)
その点、光秀の信長殺しは、どちらにも華があるし、
秀保の場合は、どっちにも華がないのかも・・・(^^ゞ



<こたつ城主 [関東] 2004/12/31(Fri) 17:15>

>のりちゃん様

道三と言えば「国盗り」ですが、これはどうなのかな〜(^^ゞ。
私は「華がある」「華がない」というのは気にしないですが、つい最近「白い巨塔」のリメイク版の総集編をやってて、前(25年ぐらい前かな)の方が何百倍も面白かったので、リメイクは制作費も見る方の時間も、場合によっては無駄かな、と思ったり。。
まあ「国盗り」は再放送も出来ないでしょうから、リメイクしか無いですけど。
 
     



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