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城主のたわごと2004-02、3
<のりちゃんさま [近畿]
2004/03/14(Sun) 06:48>
秀吉公については、もともとは足軽出身ってところに、「恐れ多さ」を感じさせない要素(厚かましいかも(^^ゞ)があったかもしれません。
あと、楠木正成公と「戦上手」さで比較して語られたところもまた、「地元」と感じさせた一つの要因かも(笑)
<kazuさま [関東]
2004/03/14(Sun) 20:00>
こたつ様こんばんわ♪
黒田如水と細川藤孝、この二人は見事な政治感覚ですね。
風流人で教養も深いし、それでいて武略も政略も長じているまさにオールラウンドプレイヤーとでもいうべきか。
そんな人だからこそ欲もあまり無かったのかもしれません。
秀吉の場合、政権運営にあたっては秀長とか身内を重視していましたね。それと三成とか子飼いの武将などを。
ただ九州を重視していたことはあると思うんです。朝鮮出兵も考えていたであろうし。だからこそ博多付近を直轄地にして、黒田や加藤清正を配置したんだと思いますね。(^^;
<こたつ城主 [関東]
2004/03/15(Mon) 19:09>
>のりちゃん様
なるほど~。大阪方面では、楠木正成と秀吉が戦術上手で比較される好対照なんですね~。
のりちゃん所の「孫市オフレポ」を読んだら、大阪では有名な戦国武将が居ないと書いてあって(千葉も居ないけどね(^^;))、なんか地域色を感じました。
<こたつ城主 [関東]
2004/03/15(Mon) 19:10>
>kazuさま
よく考えてみれば、黒田如水と細川藤孝が同列に並んじゃうって事自体、この時代ならでは、ですよね(^^;)。
それでも、他の足利幕臣なんて、どうなっちゃったのか判らないのが多いのに、今にビッグネームが残るぐらいだから、細川家というのもそれなりスゴイですよね。
で、九州を重視する時代にまだあった、というのは私も正解だと思います。
実際江戸以降も、島津なんてのは結局征服できたのか?って感じがしますからね(笑)。
で、秀吉の血縁者不足については、家康との同盟で、よりによって家康自身がイイ年こいて結婚するハメになった事を見ても、誰の目にも明らかかと(^^;)。
(普通は子飼いの武将とかじゃなく、一族一門とかですもの:笑)
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