<掲示板・議事録>

「函館チャシ(アイヌの砦址)」、「松戸、本土寺」

     
  「函館チャシ(アイヌの砦址)」


<秋山如雪さま [北海道] 2000/11/11(Sat) 04:29>

御無沙汰していました。実は突発的に旅に出たくなり、突然函館に
旅行に行っておりました。学生はこういう時に時間が作れるから
有利です。ていうかきっと自分が不良学生だからでしょう(笑)。
函館は気温3度。着いたその日の朝からもう雪が降っていて、寒くて
寒くて凍えそうでした。本当に北海道の冬は何度経験してもつらくて
嫌になります。
本州の人はみんな北海道を「いいところだ」なんて言うけど、それは
真冬に長期間滞在してみないからわからないと思うのです。
真冬に1か月でもいたら、絶対帰りたくなりますよ。ほーんとに
寒いです。ああ、沖縄に行きたい!(この時期になると毎年言って
いますが)
ちょっと愚痴になってしまいましたね。でも冬は嫌いなので。
札幌は別におもしろくない町ですが、函館はすばらしいところです。
みなさん函館に観光に行きましょう!



<こたつ城主 [関東] 2000/11/11(Sat) 06:40>

>秋山如雪さま

あ(゚.゚)、またご無沙汰しちゃってます。すいません!

>函館は気温3度。着いたその日の朝からもう雪が降っていて、

おおおお〜(>_<)! ブルブルッ!! さ、寒い!!

>本州の人はみんな北海道を「いいところだ」なんて言うけど、それは
>真冬に長期間滞在してみないからわからないと思うのです。

私も夏休みに行って、湿気が全然無くて、わ〜♪ 何ていいところだろう、と思っただけで帰って来ました。でも住んでたらさぞかし……(^_^;)。

でも、↓ここに、函館の「汐泊チャシ」というのが載っています。

http://homepage1.nifty.com/t-kubo/siro/sub3-3.htm

こちらは、ウチのリンクコーナーにもある、「KUBOの家系城郭研究所」さんです。
KUBO様によると、「チャシとは一般的には「砦」とか「城」と言われていますが、もともとはアイヌ語で「柵」とか「柵囲い」を意味する」との事。
北海道にも戦国(城址)があるんですよ〜(^^)。



<秋山如雪さま [北海道] 2000/11/11(Sat) 20:31>

>こたつさま
チャシのこと、どうもありがとうございます。早速見に行ってきま
した。そうですね。北海道にも戦国時代には一応蛎崎氏というのが
いたそうですからね。
今回行ってきた函館でも「函館八幡宮」というのがあって、ここは
建てられたのが室町の初め頃と書いてありましたから、かなりの歴史
があることになるんですよね。
まあ、個人的には北海道の歴史は幕末の箱館戦争辺りが好きなんで
すが。
あと、北海道の人は小学校のときの郷土史で必ず開拓の事を習いま
すね。ここが誰によっていつ頃開拓された、とか教わったりするん
です。 実は今住んでいる家の近くも昔は金持ちの地主が持っていた土地
だったなんて聞いたことがあります。



<こたつ城主 [関東] 2000/11/12(Sun) 10:53>

>秋山如雪さま

>北海道にも戦国時代には一応蛎崎氏というのがいたそうですからね。

あ、九戸政実の乱。1591年。蛎崎氏はアイヌの毒矢を使って攻撃に加わったと聞きました。でも北海道から来たとは……。スゴイ!

>今回行ってきた函館でも「函館八幡宮」というのがあって、ここは
>建てられたのが室町の初め頃と書いてありましたから、かなりの歴史
>があることになるんですよね。

ええええ〜! そうだったんだ(゚.゚)! うん、古いです。でも考えてみれば、舟で行き来できるんですものね。

幕末の話は、「燃えよ剣」で土方歳三が北海道に渡った辺りを読んだ程度(^_^;)。山本勘介の事が書かれた文書が、確か北海道で見付かったとか……。開拓でそちらに渡ったのかなぁ。私も小さい頃は、アイヌ語を覚えてみたりしたんだよなぁ……。
 
     

     
  「松戸、本土寺」


<こたつ城主 [関東] 2000/11/13(Mon) 02:56>

今週こそは、本土寺に行こうと思っているです。松戸にある寺で、紫陽花寺として有名(らしい)なんですが、実は恥ずかしながら一度も行った事がナイ!(爆)

下山局の墓があるそうです。下山局とは、秋山虎泰の娘で、穴山梅雪(&見性院)の養女で、家康の側室で、武田信吉の母、という女性です。お松さまの所で再認識したです(^_^;)。



<こたつ城主 [関東] 2000/11/17(Fri) 14:49>

題名:昨日、本土寺に行って来ました(^^)。

↑この話は最初、お松さまの所で聞いたんで、あちらに書くつもりだったんですけど、今行ったら戦国のお菓子の話で盛り上がってるし、私も本土寺に行ったら、武田ネタで無くなるかも、と感じたんで(^_^;)こっちに書きます。お松さま、互いにネタがあべこべになっちゃって、すいません(^_^;)。 *ヤベ*

本土寺、デカイです(^_^;)。アジサイ寺として有名ですし、お寺では立派な冊子を売ってて、それがカラーの写真集みたいにキレイです。中には、歴代の住職がどったらこったら、という事がエンエン書いてありますが、私の興味は例の秋山夫人なんで、彼女のページに……。

それで秋山夫人の父、秋山虎泰は、秋山信友の弟の三子(つまり甥)と判明。これ知ってる人も多かったかもしれないけど、昨日行くまで私は知らなかった(^_^;)。

秋山夫人の墓は、こじんまりと佇み、辺りの紅葉をライトアップしてて大変に風情がありました。どうも水戸光圀が立てたんですね。秋山夫人は家康の死後、水戸藩に引き取られたようで、その経緯からでしょう。この辺りから、私は「武田ネタから度ハズレの可能性が……」とヤバイ気がしてきました(^_^;;;;)。

と言うのは、実はここには秋山虎泰の墓もあるんですが、それは秋山夫人の墓と、本殿を挟んで全然違う場所にあるんです。そいで、そこにも行ってみたら驚いた!

デ、デカイ(*_*)! 半端じゃないッス。しかもそのデカイ墓の後ろに、秋山夫人の墓があり、背後でご威光をかざすがごとく、背は低いもののこれまたデカイ! *ガビ〜ン* ちょうど昨日は父と一緒に行ったものですから、「お父さん、これ、いかにも娘の出世で立てて貰えましたってカンジだね(^_^;)」と言ってみたら、父は苦笑してました。

虎泰の墓……ハッキリ言って、信玄のより立派です(^_^;)。秋山夫人は家康の側室で、武田信吉を生みましたから、虎泰は、家康にとって義父、武田信吉には祖父にあたります。本殿の中には燦然と輝く葵のご紋! しかも金!(爆) 元々武田家臣繋がりで来たつもりだったんですが、すっかり天下のご威勢にアテられて、「ハハァァ〜!(ガバッ)」と参ってしまいました。

レポートUP、検討してみます(^_^;)。



<たまこさま [東海] 2000/11/17(Fri) 16:15>

城主さま、
>レポートUP、検討してみます(^_^;)。

感激の程が伝わって参りました、
期待してます。(また忙しくさせちゃいますね)。



<お松さま [近畿] 2000/11/17(Fri) 23:26>

本土寺楽しまれたようで何よりですわ♪
実は私も本土寺という物の存在も今月になって知ったくらいです(笑)そして秋山夫人のことも・・。
でもやはり葵の御紋が光っていたのですね。
私もそのような感じはしていました。
なんせ信玄の娘で穴山梅雪の妻「見性院殿」の墓でさえ、
武田菱じゃなくて葵でしたもの。うきーーっ。なんやねん、それ!(爆)
あ、なんか脱線してしまった。
でも秋山虎泰の墓は信玄のより大きいのですねー。
それはちょっと見てみたい!紅葉の方はいかがでしたか?
まだ早かったのかしら?ちょうど良くなってきた頃かなあ。
是非是非レポをアップさせて下さい!
楽しみにしてま〜す☆



<こたつ城主 [関東] 2000/11/18(Sat) 13:27>

>たまこ様

本土寺は物凄く立派な、きれいなお寺でした(^^)。紫陽花だけでなく桜とか、他にも花のきれいなお寺です。日蓮宗と聞くからそのせいもあるのかな、と思います。


>お松さま

秋山夫人については、松戸では秋山虎泰の娘、武田信吉の母、というのはわりと聞くけど、虎泰は武田遺臣の一人、信吉も徳川家の誰かに関係あった人、ぐらいの認識しかなかったです(^_^;)。私だったら「家康の側室、梅雪の養女、武田氏再興の女性」と宣伝しますね。

>なんせ信玄の娘で穴山梅雪の妻「見性院殿」の墓でさえ、
>武田菱じゃなくて葵でしたもの。うきーーっ。なんやねん、それ!(爆)

えっ、そうなんですか?! あ、見性院も家康の義母ですものね。本土寺も、見事に「秋山氏一族の墓」であって、武田の「た」の字も、穴山とか見性院殿とかの字も、寺のどこにも無いんです。哀しーっ(T_T)!

紅葉は後一歩、という感じでした。もう一週間かそこらでしょうかね。所々赤く染まって、それはそれで風情がありました(^^)。
 
     



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