<掲示板・議事録>


     
  神保・畠山・河野の祭りきぼん(笑)


<北畠具顕さま [東海] 2003/04/28(Mon) 10:53>

戦国系の祭りは
もっとあってもいいですねぇ。
「神保祭り」「畠山祭り」「河野祭り」などなど(笑)



<こたつ城主 [関東] 2003/04/28(Mon) 15:25>

>北畠具顕さま

>「神保祭り」「畠山祭り」「河野祭り」などなど(笑)

こっ、この並びは一体……(笑)。
それぞれ何が売りになるのかなぁ〜♪
 
     

     
  今川義元の祭り


<こたつ城主 [関東] 2003/04/26(Sat) 05:29>

信長だけがドラマとかで、晩年になっても黒々とした髪で出て来る事が不思議で仕方ないです。



<ピンクのトカゲさま [東海] 2003/04/28(Mon) 18:37>

>こたつさま

>信長だけがドラマとかで、晩年になっても黒々とした髪で出て来
>る事が不思議で仕方ないです。

昨年の大河ドラマでは、利家と秀吉は同年代のはずなのに、秀吉がすっかりおじいさんになっても利家は、それほどおじいさんになっていませんでした。
ということは、大河ドラマでは主役は老いないという原則があるのではないでしょうか。 信長が主役でないドラマ設定なら、老いた信長が登場するかも



<こたつ城主 [関東] 2003/04/29(Tue) 19:48>

>ピンクのトカゲさま

去年の大河(と「秀吉」)については年齢状況設定がメチャクチャです(汗)。
しかし大河の主役が老けないって事も無いです。信長は老齢に到る前に亡くなったので、程ほどに年を取るので良いのですが、家康が最初から老けて出て来るドラマは多い気がします。印象ですかね……(笑)。



<ピンクのトカゲさま [東海] 2003/04/29(Tue) 20:26>

こたつさま

>信長は老齢に到る前に亡くなったので、程ほどに年を取るので良いのですが、

当時としては、平均寿命ぐらい入っていたのではないでしょうか。
とすると、病死(自然死)でなく、不慮の死というのがキーワードでしょうか。



<こたつ城主 [関東] 2003/04/30(Wed) 18:13>

>ピンクのトカゲさま

今川義元も不慮の死ですが、信長よりも7歳若く亡くなりました。でも大抵メチャクチャ中年ジジイに描かれますので、やっぱ単に、全ては信長を二枚目に見立てる前提ゆえに、彼のライバルは古臭い年寄りかパーな若者に描かれるだけかと(^^;)。
 
     

     
  <ピンクのトカゲさま [東海] 2003/04/30(Wed) 18:37>

>こたつさま

>今川義元も不慮の死ですが、信長よりも7歳若く亡くなりました。
>でも大抵メチャクチャ中年ジジイに描かれますので、やっぱ単に、
>全ては信長を二枚目に見立てる前提ゆえに、彼のライバルは
>古臭い年寄りかパーな若者に描かれるだけかと(^^;)。

確かに...
そういや、今月の11日だか18日に義元の供養の「今川祭」が胴塚のある大聖寺(お祭りの練習やってたとこ)であるって親父のとこに通知きてたなぁ
供養っていっても町内の人だけでやって、お経あげた後は、御庫裏で大宴会
うなごうじ祭りの延長戦(笑)のようで〜す。



<こたつ城主 [関東] 2003/05/01(Thu) 19:19>

>ピンクのトカゲさま

大聖寺で今川義元の供養祭をやるんですね(゚.゚)。
そうよ、供養しないと祟るわよ、あの人。死ぬ前に襲って来た相手の指を食いちぎったぐらいですもの。
うなごうじ祭りの打ち上げか(笑)。いいんじゃないかな。義元の頃もあったんですよね、その祭り。



<ピンクのトカゲさま [東海] 2003/05/01(Thu) 20:57>

>こたつさま

>大聖寺で今川義元の供養祭をやるんですね(゚.゚)。

現区長(町内会長)や氏子総代経験者などをよんでやります。
親父は区長2回、氏子総代も2回やってますから招待状がきています。

>そうよ、供養しないと祟るわよ、あの人。死ぬ前に襲って来た相
>手の指を食いちぎったぐらいですもの。

実は、その胴塚の近くの木で首吊り自殺何人かしてるんですよ。
最近はなくなりましたが、これも今川祭を盛大?にやるようになってからです。

>うなごうじ祭りの打ち上げか(笑)。いいんじゃないかな。義元
>の頃もあったんですよね、その祭り。

1400年代の末の四月八日に牛久保八幡社で連歌の会を牧野古白が催していたところ、今川方から馬見塚(現在の三州吉田城)に城を築くよう要請があり、これを吉兆とし、それ以降、四月八日を若葉祭(うなごうじ祭りの正式名)を行うようになったとされますから、義元時代から続いています。



<こたつ城主 [関東] 2003/05/02(Fri) 18:41>

>ピンクのトカゲさま

義元の胴塚で首吊り(・・;)。憤死への共感か、単に名所だからか。。。
うなごうじ祭り。領民の領主への感謝祭というのが、発想的に江戸期からというイメージがある反面、どっこい実は室町期発祥という点が目を引いたのは確かです。
義元の青年時代が描かれる事は滅多にありませんが、例えば若い頃、身分を隠して祭りに出掛け、ヤンヨー神の踊りに混ざるエピソードなど取り入れれば、なかなかのメイクドラマだと思いますね(笑)。
 
     

     
  <北畠具顕さま [東海] 2003/05/02(Fri) 20:32>

今川というとどうも雪斎と寿桂尼母ちゃんがメインになってくるので義元君はかわいそうですねぇ。



<kazuさま [関東] 2003/05/02(Fri) 23:50>

いやはや今川一族は侮れませぬぞ。
氏真は、なんと言っても日本サッカーの生み親でありますからな。(大嘘)
でも蹴鞠と和歌の腕前は相当なものだったようで。
それだけでも十分に価値があるといえますけどね。
でも、武将としてはやはり・・・・・。(−−;



<ピンクのトカゲさま [東海] 2003/05/03(Sat) 12:28>

>こたつさま

>義元の胴塚で首吊り(・・;)。憤死への共感か、単に名所だからか。。。

名所ってほどのもんじゃないですよ。

>うなごうじ祭り。領民の領主への感謝祭というのが、発想的に江
>戸期からというイメージがある反面、どっこい実は室町期発祥とい
>う点が目を引いたのは確かです。

実は、戦国時代に仮託したっていうのがいいですね。

>義元の青年時代が描かれる事は滅多にありませんが、例えば若
>い頃、身分を隠して祭りに出掛け、ヤンヨー神の踊りに混ざるエピ
>ソードなど取り入れれば、なかなかのメイクドラマだと思いますね(笑)。

義元はともかく、牛久保ゆかりの勘助っていうのは、ありえますね。



<こたつ城主 [関東] 2003/05/03(Sat) 21:03>

>北畠具顕さま

そういや寿桂尼が出て来たのは『武田信玄』だけだったような……。花倉の乱でもやれば、義元もメインになれるのにねぇ。。


>kazuさま

サッカーなんちゅうたら、日本ではJリーグ以降しか立つ瀬が無いけど(笑)、氏真は晩年、殆ど「大道芸人」として食ってた気も……(誉めてないか(^^;))。


>ピンクのトカゲさま

勘助は……出身地確定できないから、どうかなぁ……(^^;)。通りがかりみたく登場ならアリかしら?
 
     

     
  半田の亀崎、潮干祭


<ピンクのトカゲさま [東海] 2003/05/05(Mon) 17:46>

>こたつさま

昨日、今日と半田の亀崎の潮干祭です。山車を海岸の砂浜に曳き出す勇壮な祭りです。
「尾州早すし」も、その潮干祭りに売り出すために、二年程前に再現されたようです。
と、そういったいきさつから、昨日の新聞で潮干祭の紹介と伴に、「尾州早すし」も紹介されていました。



<こたつ城主 [関東] 2003/05/06(Tue) 18:30>

>ピンクのトカゲさま

半田の亀崎には潮干祭という祭りがあるのですね。山車を海岸の砂浜に曳き出す。雄々しい光景が目に浮かびますね。



<ピンクのトカゲさま [東海] 2003/05/06(Tue) 19:00>

>こたつさま

>半田の亀崎には潮干祭という祭りがあるのですね。山車を海
>岸の砂浜に曳き出す。雄々しい光景が目に浮かびますね。

潮干祭り画像がありました。↓
http://www.aichi-c.ed.jp/contents/syakai/syakai/chita/chi020.htm
http://www2.sensyu.ne.jp/kota/bekkan1.htm
それと、ほんとに海に引き込む(海中渡御)の三谷祭(愛知県蒲郡市)も参考に↓
http://www.ne.jp/asahi/no/va/mikawa/miya/



<こたつ城主 [関東] 2003/05/07(Wed) 19:06>

>ピンクのトカゲさま

潮干祭りのサイト、ありがとうございました。ナント応仁の乱の頃に始まった祭りなのですね(゚.゚)。「18軒の武家の発起で,荷車の上に笹竹を立てて引き回したのが山車の始まり」と書いてありました。
わ〜、ホントに海に入ってる入ってる(笑)。
千葉県外房の大原にも同じような「はだか祭り」があります。私も行った事ないのですが。



<ピンクのトカゲさま [東海] 2003/05/07(Wed) 19:48>

>こたつさま

>潮干祭りのサイト、ありがとうございました。ナント応仁の乱
>の頃に始まった祭りなのですね(゚.゚)。「18軒の武家の発起で,
>荷車の上に笹竹を立てて引き回したのが山車の始まり」と
>書いてありました。
>わ〜、ホントに海に入ってる入ってる(笑)。

本格的な今のような山車になるのは、江戸の中期ですよね。
潮干祭の山車も江戸時代ですね。三谷祭のは、大正期です。
いずれの山車も殆どが牛久保の大工(江戸期は、彫刻師・立川和四郎と組んでいた牛久保の岡田五左衛門家、大正期は、井桁屋―花田弥七・弥兵衛父子、井桁屋は、うちの前です。現在は工務店になっちゃいましたが、岡田家も少し前まで指物をやってました)の作です。
 
     



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