<石和川中島合戦戦国絵巻・レポート3>
「恒例(笑)、織姫&彦星・こたつ隊宴会」
さてさて、ここから先は毎度お馴染み、石和の
フルコース
でございますよ(^。^)。
<織姫&彦星>
はいっ、チ〜〜〜〜〜〜〜ズ!
(カシャッ)
沼田面松斎祐光
さま、
紋次郎。
さま、
飯綱武蔵守法達
さま、
上杉播磨守定景
さま、こたつ城主、こたつ亭主
毎度のメンツでありますなっ!(笑)
紋次郎。隊からは他に
大蛇丸
さま、こたつ隊からは史跡巡りのまま、河内太夫判官さま、筑後川さまもっ。
皆様、各地区で顔見知りだったりもして、今年は実に話題が豊富でしたね〜。
上杉播磨守定景さまの鎧姿にも、もはや
誰一人驚かない
し(笑)、鎧姿が日常でも定番になってる勇士(笑)の話題など出て、今年も又々あっちゅう間にこのタイムが過ぎていったです!(笑)
今年はウチらが戦に出ないので、「献塩の儀(偽)」は予定しませんでした。
が、紋次郎。隊が初の武田軍に決まったお祝いと、紋次郎。さまが今年でご勇退のご慰労と、あと去年頂き物などしちゃったお返しつー事で、こたつからは謹んで「
松戸の漬物
(爆)」なぞプレゼントさせて頂き、「紋次郎。さま最後の石和出陣、明日は見守らせて頂きまする(;_;)」とお約束して別れました。
でもよく考えたら、
亡霊にそんな約束されてもねぇ……
(爆)。
さて、この
密通場所
をこれから出る、という頃に、タイムリーに軍師・梵天丸さまより
ノロシ
が上がり、よく煙の色を見ると、「いま石和に向かってます〜」と書いてあった(ホントかっ(^^;)?)ので、我々も慌てて今宵の本陣に戻ったのでありましたっ。
<こたつ隊宴会>
宿に戻ると、我々4人(河内判官太夫さま、筑後川さま、こたつ亭主、こたつ城主)は、もう
腹ペコ
で、どことなく食い物を求めてあさましさも見え隠れする状態っ(笑)。
実は佐久神社あたりから(だったっけ(^^ゞ)、「なんか腹減ったね〜、あ〜〜〜鳥居が墓石が
食いモン
に見えて来たわぁ〜」とか、
超バチ当たり
な事を連発しながら歩き回っておったです(笑)。
というわけで、軍師の到着を待たず宴会スタート!
「ノロシには『先に食べてていい』って書いてあったの(^^)(←そうだったか?)」とばかりにパクパクパク〜!(
ガツガツガツ
だろっ(-_-;))
ジャーーーン! わ〜い、今年の晩御飯〜!(^O^)
あまりの腹の空きすぎで、いつもならどける蓋を取り忘れてますわっ(爆)。
黒い器の中にはコンガリと焼けた
ウナギ
が入ってましたっ♪
しかも今年はすき焼きがっ。おおおおお〜! 何か年々お食事が豪華になってる気がぁぁ〜!
お宿の皆様、ビンボーな私達へのお恵み、感謝申し上げます〜〜〜〜(TOT)<感涙
やがて
梵天丸夫妻
もご到着〜。 *パチパチ*
そして話題は「山陰のマイナー&超ローカル話」へ!(爆)
実はこの前年(2004)、亭主が祖母を見舞いに、実に久し振りに郷里の山陰に帰ったのです。2人分の旅費は苦しいもんで亭主だけ行く事になり、「かわりに地元の城跡の写真を撮って来てあげる」と言ってくれました。
と言われても、私もさすがに行った事のない場所の城跡などよく判らないので(^^;)、チラホラ検索などして掘り当てたのが筑後川さまの(山中鹿之助)サイトでした。
以来、「山陰は日本で一番人口の少ない県と、2番目に人口の少ない県で構成されてるから、ネットで歴史の好きな人に会える確率はゼロに等しい」という話題が沸騰(笑)。
必然的に亭主と筑後川さまの間で、他のメンバー(というか
日本人の殆ど
)が知らない
超マイナー
な話題が出て、この夜はたいそう楽しく宴会が盛り上がったのでございます〜☆ミ
そして翌日は見学つーのもあり、この夜は何回か温泉に入ったり、珍しくノンビリと夜を過ごしました(^^)。
亭主は夜中遅くまで、仕事をしてました(爆)。
17日、温泉街の朝〜石和北小学校
<あくる朝っ>
夜更かししすぎで起きられない(爆)。
石和の朝っ(宿の2階から撮影・4枚パノラマ)
しかし↑温泉街で向かえた朝は、今はじめてユトリを持って「あ〜何か長閑でいいな〜(^^)」などという風情で与えるのでありました。
わ〜い、今年も美味しい朝御飯〜!(^O^)
というわけで、頑張って朝食を食いに行くと……珍しく軍師どの夫妻が遅いお出まし(゚.゚)。
「夜、高い熱が出てしまって」と軍師どの。
「ええええええーーー!!!!」
旅に出る前の多忙で疲れが出た、とのお話ではありましたが、それにしても熱が出るってのはちょっと……?
と言ってる内に、そろそろ時間です(^^ゞ。我ら唯一の参加勇士、筑後川さまを今年の待機場所にお送りせねばなりません!
亭主が車を出し、こたつも相乗りして、しゅっぱ〜つ!
180度5枚パノラマ魚眼図(笑)! 宿とその周辺
(注:パノラマと言うのは、枚数が増えるほど中心部が近付いて見える構図でちゅ)
そして、パパパーと今年の集合場所、北小学校までお送りします。↓
また5枚パノラマ(笑)。北小学校校門通り向かい側
いいな、いいな、小学生の癖して、こんな旅館街で通学できてさ〜〜!
と思わずひねくれたくなる程、周囲の温泉宿ムードは旅情タップリ(^^)。
というわけで、今年の集合場所は、例年とは逆で「北小学校」となってましたっ。
「筑ちゃんバイバイ、私達の分まで頑張ってねーーー(^O^)/」
「は〜い頑張ります〜、ありがとうございました!」
ちなみに筑後川さまの入られた隊は、水原隊(上杉軍)でありましたっ。
後で筑後川さまに聞いた所によると、ここの隊はナント、オバさま同志で念願の出場を果した、お初の勇士達だったそうです(^^)。一人ぽっちになった筑後川さまとも仲良くして下さったそうです♪
<北小学校に再び(視察)>
着替えるまでは体育館も混み合うし、見学の我々はまだな〜んにも準備してないので(^^ゞ、皆さんの着替え終わる頃、改めて宿を出て来ようという事で、とりあえず一度宿に戻ります。
朝風呂(^O^)!
いちど石和でこれをゆったり堪能してみたかった!(笑)
寝不足ぎみの亭主は「ギリギリまで寝る」と横になり、私はヌクヌクと朝風呂に浸かって(^^)、さぁ、そろそろチェックアウト。
梵天丸さまのお熱はまだ下がってなく、でも「北小のみんなに会いたい!」と仰るので、とりあえず北小までは一緒に行こうと話はまとまり、改めて宿を出ました。
その後、念のために、エンエンと観客席近くの駐車場を探し回ったのですが、どうも見付かりそうもなく、ウロウロしてる間に、今年は同じ見学仲間の
紫
さまから矢文が飛んで来る(笑)。
さすが真田草の者
。念入りに蝋で固めた密書を開くと……おおっ「北小学校にいる」と書いてある(笑)。
結局いちど宿に戻って車を停め、とりあえず梵天丸さまの車に分車しなおして北小学校までやって来ました(^_^A)。
あらためて、石和北小学校の校門
そして……オソルオソル入って行くと、もぉ皆さん校庭に出始めてる時間でありましたっ。
一番最初にお会いしたのは、校門近くにいらした、
相模守太郎
さまと
鍋之介
さまっ。
お2人の写真を撮らせて頂いていたら、今年初の自軍結成された相模守太郎さまが、「我が隊の写真をぜひ写して行って下されっ!」と案内して下さり、瞬く間にお集まり頂いた、
征夷大将軍隊
の皆様っ、快く撮影に応じて下さり、ありがとうございました〜☆ミ
相模守太郎さまと鍋之介さま
征夷大将軍(相模守)太郎さま隊の皆様っ☆ミ
そして相模守太郎さまのご案内で、今度は
城田ジョウ
さまにお会いしましたっ、はじめまして〜♪
撮影が出来なくて残念でした(^^ゞ。でも後でお会い出来たんですよね〜(笑)。
そろそろ紫さまに「繋ぎ」をつけないと、とキョロキョロしたのですが、
さすが真田草の者
(笑)、そう簡単に居所がバレません。
そうこうする内、今度は河内太夫判官さまのご案内にて、
辰之進
さま率いる「
ゆるり
隊」をご紹介頂きましたっ。→
左から
河井計実
さま、
雑賀孫八
さま、辰之進さま、
山内兵馬
さま♪
ユトリが無いはずなのに、ついつい「
ゆるり
」と旗の謂れなど聞いてしまいます(笑)。
ハッ(・・;)、違う違う、
草の者
(笑)を探さねばっ!!
校庭の中で矢文を飛ばしたりノロシを上げたりしながら、やっと……紫さまに会えましたっ(^O^)!
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