<掲示板・議事録90>


     
  <kazuさま [関東] 2004/06/11(Fri) 23:09>

さて本日は石和祭りの「レポート3」
何と宴会の続きですね♪(^.^)
梵天丸様は紋次郎様に切りつけられてしまったのですな〜。(笑)
その後武田と上杉入り乱れての宴会が始まったのですか?あ、違いましたね。
これは献塩の儀(偽)でしたか〜。(^^;
でも謙信自ら手引きするなんて、謙信の性格からして実はありそうなお話かもしれませんよ〜。(笑)

こたつ様たちの夜の部は比較的穏やかそうな感じですね♪
昨年の我々は実におおはしゃぎでして、特に碧雲斎君が皆のアイドルとなって遊ばれておりましたね。(^^;
でも今年のレポの写真を見る限り、もう彼はお遊びキャラではなくなっているような気が・・。(;¬_¬)

翌日の朝は晴れたんですよね〜。
我々はあいにくの雨でして、しかも当日の着替え場所を間違えて武田方の学校へ行ってしまい、雨の中歩いて上杉方の学校へと向かった事を思い出しました。(汗)

昨日の八田家のお話に触れます♪
考えてみれば春日(高坂)弾正や内藤修理(昌豊)は、もちろん武将としての才覚はあったでしょうが、それ以上に荷駄などの裏方作業をこなせた人材でもあったのですよね。
つまり武田二十四将=勇猛な武将という側面だけではなく、政治活動、謀略活動にも従事していた面を軍事的功労以上に評価しても良いかもしれませんね♪



<のりちゃんさま [近畿] 2004/06/11(Fri) 23:12>

>食べ物より風景に目を留めたってぇ?(^。^)<ウリャウリャ
本当だも〜〜ん(T_T)
嘘じゃないも〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん(>_<)!!
・・・誰も信じてくれない・・・。
というか、最近、「山」に目が行くようになりました。
「こりゃぁ、難攻不落だわ」とか(ほんまかいな(笑))



<取扱中尉さま [東海] 2004/06/12(Sat) 14:00>

はじめまして。
石和の合戦からたどり着きました。
私も今年、一昨年と二回参加させていただき、
そのおもしろさに仲間を増殖中です。
(すでに数名が名乗りをあげてます)
今後とも宜しくお願いします。



<三浦介星友さま [関東] 2004/06/12(Sat) 22:01>

こんばんは、こたつさま。
拝見させて頂きました、石和レポ!
やはり、こちらのレポなくして石和は語れません!!
こたつ亭主さま、戦い前の串刺し状態(気持ち良さそう・爆)、そして松永弾正さまの討死姿はウケました(笑)
相模守太郎さまの後ろにあるカメラ、あれは気になりますね〜
実は、あの対面に・・・
ということは、こたつさまがすぐそこに居たのか、はたまた亭主さまがいたのか。
 
     

     
  <こたつ城主 [関東] 2004/06/13(Sun) 00:58>

>kazuさま

おお(^^)、「3」もっ♪ 毎日楽しいです〜っ。
梵天丸さまは、いつもパッチワークをお持ちで(笑)、小田原にいらした時(私はこれには行かなかったのですが)、渋滞に巻き込まれて到着が遅れたそうで、その時は白い服を着られて、髪の毛もザンバラだったのかな?
だもんで「小田原に遅参!」って事で、上杉播磨守定景さまに「もう少しでココ(と首を指して)が危なかったぞよ」と言われたとか(笑)。
また上杉播磨守定景さまの先導で武田と内通になった理由は、実は去年の「献塩の儀(偽)」では、上杉播磨守さまが、「塩饅頭」をこたつ達(は去年は武田軍)の宿にお持ち下さったからなんです(笑)。

こたつ隊の宴会は翌日が早朝なので、あまり長々はやりません(^^ゞ。
だいたい毎回ホンワカムードでやってますが、今年は特にそうでしたね。
碧雲斎さま、今年はどうだったんでしょうね(笑)。

で、そう! 晴れたんですよぉ〜(^。^)。
その話も沢山出て来ますが(笑)、そうそう! 去年は雨で大変でしたよね〜!
待機場所を間違っちゃったんですか〜。ウチらも去年は、私ら夫婦だけさんざん道に迷ってしまったし!(笑)

内藤修理はもちろん名はよく聞きますが、あまりよく知らないんですよ(^^ゞ。
裏方を差配した武将だったんですね。
諸葛孔明も、天才肌の軍師として知られ、魔法使いみたいに天候まで操る話が出て来ますが(笑)、実際には地味な内政管理で有能な人だったと聞きますね。
そういう事が実際面では、多くの住民の心に残ってるでしょうからねぇ。
甲斐について言えば、「信玄堤」などは長く伝えられてますよね(^^)。



<こたつ城主 [関東] 2004/06/13(Sun) 01:01>

>のりちゃん様

>嘘じゃないも〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん(>_<)!!

ヨシヨシ(^^)〃<イイコイイコ
難攻不落の城か〜。
私も山を見るのは好きです。
山って見る側が違うと、かなり形状が違ったりとかね〜。
ただ、山に行くとなぜか腹が空く、というのも私の場合はよくあったり(笑)。
で、川については、そもそも川を境界にしてるんで(判りやすいから(^_^;))、「流れが変わると争いが起こる」という事も、まま起こったのではないかと思います。



<こたつ城主 [関東] 2004/06/13(Sun) 01:03>

>取扱中尉さま

ようこそ、はじめまして(^^)。管理人です。
石和に二年連続で出場されたのですか(゚.゚)。上杉軍ですか?
あれは、何か人に知らせたくなる祭りですよね(笑)。
私も今、ちょうど今年のレポートを出した所なんですよ(^^ゞ。
宜しかったらご覧下さいませっ♪
こちらこそ、宜しくお願い致します〜。


>三浦介星友さま

おお〜、見て下さったのですね〜、ありがとうございます(^O^)!
今年こそ、こたつが(去年の御礼に)星友さまのお写真を……と思ってましたが、じぇんじぇん近付けませんでした〜(TOT)。。
去年のレポでは、本当に沢山のお写真をご提供頂きましたのに……。
宮下帯刀さまが本陣におられる写真、あれの時私は、もうちょっと亭主の後ろから来てて、背が低いものですから(^^;)、ピョンピョン飛び上がって、あの様子を見ました。

>こたつ亭主さま、戦い前の串刺し状態(気持ち良さそう・爆)、
>そして松永弾正さまの討死姿はウケました(笑)

わはははは(≧▽≦)!
毎年「だいたい"おおっ"と思える写真は、去年までに撮ったからな〜」と思ってたんですが、やっぱり行くと面白い写真が撮れるものですねっ。



<こたつ城主 [関東] 2004/06/13(Sun) 01:23>

訂正

kazu様へのレス
パッチワーク→アイパッチ

ですわ(笑)。レポでそうなってんだも〜〜ん!(何でそう書いたのかなぁ(^_^;))



<のりちゃんさま [近畿] 2004/06/13(Sun) 08:08>

>山と川
昔は、今想像する以上に、地形が大事だったんでしょうね。
川だって今ほど整理されてないから、すぐ溢れただろうし、そうしたら、すぐ流れも変わったろうし。
そういう目で山や川を見るとわくわくしますよね(#^.^#)



<孫市の街さま [近畿] 2004/06/13(Sun) 10:10>

★★こたつ城主さま。おはよう♪

>あ、そうだ! メール読みました!
>(私のカキコなんか参考にすると、バカ見ますゼーーーー!:爆)

ちゃはぁ〜ひとりでやるよりいろいろ刺激がある方が
内容が濃くなりますね。
というか〜メールの件名見て・・わちゃちゃ〜でした(^^ゞポリポリ
「Re:石和での武運を〜♪」と前のままやった(;^_^ A フキフキ

>川中島合戦てのは、戦国史実としてよりも一騎討ちとか頼山陽
>の漢詩とか、むしろ「江戸期の芸術文化」の枠組みで捉えるべきかな。

ここいらの感覚は、参加して肌で感じないとイマイチわからないお話かもですね。
むむっむぅ〜〜興味津々♪
 
     

     
  <こたつ城主 [関東] 2004/06/14(Mon) 14:42>

>のりちゃん様

川の流れの変化は、例えば東京は、元は堆積した土砂で出来てきた土地を、江戸期に埋め立てでさらに土地を確保しました。
だから変化した形跡も(工事によるから)経緯が判るのですが、自然の変化は地層で確かめるしか無いから、範囲が広いとちょっと厄介なんですね(^^;)。



<こたつ城主 [関東] 2004/06/14(Mon) 14:44>

>孫市の街さま

何でも反応があると、ヤル気が出ますよねっ(^^)。よく判ります。

川中島合戦は甲州流軍学の流行も影響して、講談や武者絵(歌舞伎絵あるいは浮世絵・錦絵)で江戸の庶民にも親しまれて来たのですね。
あいにく軍学には疎く(^^ゞ、また絵の方が、一目でお伝えできる部分があるように思いますのでご紹介しますと……。
錦絵に見る川中島合戦と武田廿四将:http://www.aduchimomoyama.com/s_17hagaki.htm
(「安土桃山通販」:http://www.aduchimomoyama.com/index.htmより)

こういった物で、歌川(一勇斎)国芳などが多い感じがします。
だいぶ前、松本の浮世絵美術館で、川中島合戦の絵だけ集めて展示した事があり、展示物を掲載した本が期間限定で出されました。
中には海外からの借り物もあると聞いたので、日頃は500円の本でさえ絶対に買わない私も、慌てて3万6千円という大金をはたいて買いました(^^ゞ。

上杉や武田にちなんだ観光地には、こうした底流も無視しない感じが残ってて、「一騎討ちはありえない」と否定された(あるわけない:笑)一時期の後も、設定をボカしながら続行してます(笑)。



<kazuさま [関東] 2004/06/14(Mon) 21:23>

今日は石和祭りの「レポート4」
当日小学校で着替え〜集合する場面ですね?
自分たちはこの前も書きましたが、小学校を間違えてしまったんですよね。(笑)
結局石和南小学校へ行ったのですが、その後の着替えもしばらく出来なかったんですよね、皆が集合するのを待っていたので。
自分は着替えはやはり手間がかかりました。(^^;

で、学校校庭ではこたつ様方と同じようにちゃんばらごっこに興じておりました。(爆)
ただ我々の時は雨が降ったりやんだりで、その都度雨宿りをしたりと満足にちゃんばらできなかったかも!?(--;)

石和南小学校で思い出したことを一つ。
確か校門だか学校の正面の時計台だか忘れましたが「武田菱」が入ったものがあったことを思い出しました。
やはり山梨は「武田」が誇りなんでしょうね♪



<孫市の街さま [近畿] 2004/06/14(Mon) 22:43>

★★こたつ城主さま

>錦絵に見る川中島合戦と武田廿四将:http://www.aduchimomoyama.com/s_17hagaki.htm

錦絵に見る川中島の紹介・・ありがとう♪
江戸時代は、甲州流軍学が流行しましたよね。
紀州藩は、どうも幕府に対抗しようという思いがあったのか、
上杉謙信側から描かせていたということです。
それが、和歌山県立博物館に残っています。
紀州家は信玄と互角に戦った謙信の軍学を受け継ぐ柱と
なろうとしたらしいです。面白いですね(^o^)

>慌てて3万6千円という大金をはたいて買いました(^^ゞ。

しかし・・3万6千円とは、また高価な本ですなぁ〜w(〃゜o゜〃)w

>「一騎討ちはありえない」と否定された(あるわけない:笑)
>一時期の後も、設定をボカしながら続行してます(笑)。

(*^m^*)くすっ♪ そうなんですよね。
もともと僕が博物館の方に教えてもらったりして雑賀衆について
勉強したのは、わが街が本拠だったと聞いたけど・・その証を
調べに行ったんです。



<雅之介さま [関東] 2004/06/15(Tue) 00:16>

こたつ城主さん
HP無事復帰されたみたいで良かったですね。
いきなり入れなかったのでびっくりしました!
石和レポもUPされたようですね!でわ、拝見してきます!



<取扱中尉さま [東海] 2004/06/15(Tue) 00:51>

なんと、今年の石和合戦の「レポート9」に自分の後姿が・・・
うれしいような照れくさいような感じです。
(指物に黄色い扇子をつけた右側の甲冑武者どす)
ま、これがもとで今回の「甲冑買っちゃった事件」と
なるわけなのですよ。
う〜、着て歩きたい〜。