<2003年・城主のたわごと1月>



明けましておめでとうございます〜♪

まだ「こたつ城」をやってますぅ〜(笑)。




     
 
↑いや〜、ついに3年経っちゃいましたねぇ。どういう事でしょうか。自分でもよくわかりません(爆)。

さて……いつものモードに戻ろう。
今月も最後。そう、今日一日しかない(汗)。

先月は多忙に多忙が重なって、ついに一月空けてしまい(-_-;)。。。こうなるとモノグサになるもので、ちょうど前回(2002年11月)で連載も無事終わった事もあり、次回は何を書こうか考えるだけで日が過ぎた。

いつの間にか、このコーナーは城主の珍道中を披露する場になっているが、前回まで書いていた「信州・房総旅行編」の後も、わりと小旅行に出掛けた事があり、都度行って帰って来て、「後で"たわごと"にでも〜(^。^)」とかヌカした事もあり(汗)、やはり続きを書かなきゃいけないんじゃないかとか思い(笑)、そういうわけでダラダラと書き続ける事にしようか。



2001年11月、大原から帰った亭主は、
「我々の限界は木更津までか!」
と、ワケのわからない敗北感に包まれていた。

千葉県を知らない人にちょっと説明すると、木更津は、千葉県を南北に三分の一ほどに割って、南側から一分とった辺りに位置する。
北側の松戸に住まう我々にとって、木更津を越え、さらに最南端に達するまでは「千葉県を攻略した(意味不明)」とは言い切れないのである。

もっとも運転もしない私が、「我々」に入れて貰って良かったかどうか、そこがまだ少しわからない(汗)。

しかし養老渓谷で散財したし(笑)、しばらく「おとなしく」していた(つもりな)のだが、明くる2002年4月、毎年恒例となりつつある石和川中島合戦絵巻の参加を皮切りに、我が家は「小さな旅モード」にジワジワと傾いていったように今は思う。

なぜ石和が皮切りとなるのか。
それは……中央自動車道に初めて乗ったからである(爆)。都心環状線を抜けた辺りから、すでに未知の道路だった。
が石和には無事到着した。当たり前だが松代に行くよりは近かった。

「あと乗ってないのは東名だ」。
石和から帰って来た亭主は、これまたワケのわからない"こだわり"を持ち出す(笑)。石和目指して中央道を走ってた頃から、なぜかコレばかり言い出していた。

千葉最南端と東名高速 φ(。。)mメモメモ。
「じゃ、次は館山(千葉)と、あと箱根(静岡)あたりかな〜」と私。
「ワンワン!」亭主。

犬の散歩は飼い主の義務である。

それによく考えたら、前から課題であった富津(千葉)にもまだ一回も行ってない(汗)。

そんな折も折、5月3日に小田原でやる祭りの話が掲示板に飛び込んだ。
「北条五代まつり」というそうだ。オフ会も盛大な感じがする。

小田原……m(。。)m。厚木までが東名。
しかしGWな上、何といっても祭りだから、駐車場が混み合うそうで、しかも人と時間を約束して落ち合うとなると自動車で行くのは憚られる、というのが大多喜祭りでの痛い経験則である。

そして……追い討ちをかけてきたのは、又もや亭主の仕事であった(汗)。
GWに突入してからも、なぜか一日も家に居ない(滝汗)。
徹夜の連続なので運転は控えた方がいいように思い、残念ながら小田原は断った。

5月4日。亭主ようやく運転モード復活。
昨日の祭りに行けなかったのに、後を追うように未練がましく東名方面を目指すのは、何となく悔しい。
それと去年の今頃は、ちょうど『南総里見八犬伝』の人形劇を見た、という思い出もあり、その時に約束した富津行きが不履行のまま一年が経過してしまう事への焦りもあって、ここは一つ、館山まで行ってみよう、と話はまとまった。

<(今年も)つづく>

2003年01月31日
 
     





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