<2001年・城主のたわごと9月>




無理な「対立の構図」を今から作るよりは、

突っ走られた方が宜しいと思いますよ、NHKさま(^_^;)。




     
 

言うまい言うまい、と思って来たこの一年(正確には9ヶ月間)であったが、ついに私はこの件について発言してしまうのである。

大河ドラマ「北条時宗」“問題”である。

まあ、ゆっくり行きましょうか(^_^;)。

まず序文。

私は基本的に今年の大河ドラマは気に入っている。初めてやる時代を、その詳しい人物設定まで一発で視聴者の頭に叩き込むには、まずだいたい、ドラマとして面白くなくてはならないのである。

やや補足。

また、今年の大河を、ドラマとして否応なく盛り上げている筆頭に上げられる効果は音楽である。林光さん以来の繊細で劇的な短調曲をぶっ通しに流し続けるあの勇気。これは称賛に値すると真から思う。音楽だけ聞いてると、大河じゃなくて映画?……とすら思えてきますよ。イヤ、マジで。

徐々に本文。

またNHK大河は「その場のノリ」ってのを重視する、民放ドラマに比べると遥かに民主主義的(????)傾向の強い番組でもある。

それゆえ、思いの外、新人俳優が意外な味を出したり、それに視聴者が黄色い悲鳴など上げようものなら、その場で作品は捻じ曲げられる傾向があって、その辺り非常に面白いのも確かである。

ただし……以下、本題。

いや、ちょっと待ってくれよ(^_^;)。天下の国営放送がああまでハッキリ男色路線を打ち出すのは、一体どういうワケなんだ(オロオロ)。

しかし過去、NHKほどハッキリと男色路線を露骨に推し進めて来た放送局は無いのであって(汗)、「ヤバイよ、これは(^_^;)」と思った数々の「ちょっと待ったシーン」の中でも、アッケに取られた名(迷)場面と言えば、まず上げられるのは、『武田信玄』における「菊丸、死を賭して謙信を 口説き落とす 諌める」のシーンであった。

謙信(まだ景虎の頃、扮するのは柴田恭平さんでしたっけ)出奔し、高野山に上るにあたって、直江実綱(宇津井健さんでしたね)が途中の山中に追いつき、景虎を諌め、出家を思いとどまらせようとする。諌言を繰り出しては、君主の道を説く実綱に対し、世の無常と殺伐たる人の性への懊悩ゆえに景虎の目からは一筋の涙が……。

この時、そばに付いていた近習の菊丸(もしかするとこれが、後年の直江兼続、とかいう設定だったりしたのだろうか(^_^;))、「自分も命がけで御館様(=景虎=のちの謙信)について参ります!」とか叫ぶや、懐刀の鞘を払い、イキナリおのが肩にブスリと切っ先を突き刺すのである。

何の意味があるのか全くわからない(^^;;)。NGでない証拠に、菊丸の肩からは鮮血が流れ出ていた。しかしNGのようにも見えたのは、それを見守る景虎と実綱主従の呆然とした表情だった(爆)。

実綱はその後も諌言の姿勢を続けねばならない。彼は明らかにド忘れした演技の続きを何とか思い出して繋げたものの、それを受ける景虎に到っては完全に腰がひけ、一度は心動かされ涙を流した彼の目は、既にあらぬ方角を彷徨っていた。

この主従の狼狽の傍ら、一人、肩から血を流す菊丸の目だけが異様に座っていて、物凄く恐ろしかった(汗)。もしかすると、あの鮮血はNG(つまりホンモノ(^^;))だったのかもしれない(核爆)。

導く側(あまり使いたくない表現ですけど(^_^;))が主人だったり家臣だったり、まあいろいろあるけれど、これと裏返っているのが、大河ドラマではなかったが『武蔵坊弁慶』だろう。

自分を捨てた母親に会いたくないの(だったと思う)……とゴネる義経に弁慶が説得を試みるのシーン。

言い合いを避ける義経(当時、川野太郎サン)が、弁慶(中村吉右衛門サン)の説得に聞く耳持たず、弁慶は義経の顔を両腕で挟み込むように、おのが主君を壁に押し付けるのであった(^^;)。 *お〜い*

まあ元々、謙信と言えばナニだし、義経&弁慶ドラマってのも、こういう男同士のやりとり(汗)を楽しむべく作られているから、これは覚悟さえ出来ていれば見て見ぬフリが出来なくもない。

しかし今年は、視聴者の多くは何も知らされてなかったような気がするのである。威勢よく執権北条長時を暗殺した八郎=のちの平頼綱、日蓮が襲われる情報を知らせた功により、謝太郎の紹介で何気なく時宗の前にあらわれる。時宗に一目会うなり、その病的なまでの恐懼ぶり。それは全て、出世欲の成せる演技と、誰もが信じたと私は思う。

当初、大河ドラマストーリーによると、彼、平頼綱については、こう書かれていた。

「その冷徹な政治力を認められて、幕府中枢の寄合にも出席するようになる。冷徹な判断力で、時宗の有能な側近として活躍し成り上がっていく」

↑NHKさま、消せませんよ(^_^;)、これは。出版までされておられるわけですから。

これが、何処でどう外されたのかを私はハッキリ記憶している。それは……頼綱が時宗に、自分が前執権長時暗殺の下手人である事をバラした瞬間だと私は思う。

これは……本当に原作とかドラマの元の設定に入っていただろうか。何となく怪しいと私は思う(^_^;)。彼は元々ああした汚い過去については黙り通し、それを見抜いて暴く日蓮とは極端に対立するキャラ設定だったハズである。(この日蓮との対立ってもまた「冷徹」って表現から遠のいちゃった原因とは思うけど)

しかし彼頼綱は、これを時宗にバラした上で、「自分は時宗さま を愛しているから に忠誠を尽くすから、これからは時輔さま への愛は捨てて自分だけを見てくれ の事を乗り越えてくれ」とか言い始めちゃうんだな(^_^;)。いやいや、本日は誤述の多い城主(汗)。

まあ、こういう裏読みを楽しんでいられる段階はまだ良かったワケで、こうやって自分の出世の綱(=時宗)を説得して執権職に置いておかないと、彼の地位だって先がかかってるワケだから、「冷徹さ」は外してしまったものの、これはこれで「成り上がり」としては成功しているのである。

さらに九州下向を命じられて嫌がるシーンがある。反論を開始しようと時宗に擦り寄った瞬間、「うっ、押し倒す(・・;)?」などとハラハラさせられ、ここにおける彼の落胆ぶりもかなり異常だったものの、これもギリギリ「中央に居らないと、出世道から外れてしまう」ワケで、家に帰って「時宗さまはワシに飽きられたのじゃあぁぁ〜!」とか叫ぶ異常さも、まあ表現的な誤差だろう、とおさめられる(^_^;)。←かなりの無理は敢えて承知(汗)

しかしその後、九州に趣く段での「ワシは所領など要らぬ」発言に始まり、やっぱ鎌倉に帰ってからだな(^_^;)。「それがしが死んだ方が良かったとお思いですか」と時宗に直談判。宥めつつ番組進行を促す時宗に「褒美など要りませぬぅ〜!」「お声をかけて下されば、それだけで良いのでございますぅ〜!」。。。

( ̄∇ ̄;) 。。。
全国に衝撃が走ったこの日のこの時間帯。それは、もはや決定的に修復不可能に陥った瞬間でもある。もぉ庇えないんだけど……コレ。

今日もまた、彼が目に物見せてくれようとばかり、私は貧困な脳細胞のあらん限りを尽くして、様々に邪な想像を働かせつつテレビの前に座るのだが、それが期待はずれだった事は(悲しいかな)一度もナイ!

……ばかりか、自分の想像力と年齢の限界まで意識させられ、打ちのめされる事すら少なくない。私は彼が時宗の周囲にウロつくたびに、それが例え画面の端で焦点がボケていようと、目で追い掛けつつ、もはやビクビクするまでに小心を極めてしまったのである。

NHKさま、ここまでやったからには、もはや逃げられるとは思ってませんよね(^_^;)。いやぁ、今さら「出世欲に突き動かされた成り上がり側近」路線には返り咲けませんからね。

わかりました。何と潔いお覚悟。城主、感服つかまつりました。

きっと今後は、「時宗の働き過ぎ」を気にかける余り、安達泰盛と対立して行くとかになるんでしょうねぇ(^^;;)。 *いや、いいですよ*

2001年9月28日

 
     




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