わっはっは。困った時の”たわごと”だなぁ。最近これを書くと「こたつのヤロー、更新に詰まってやがる」というのがバレる気がするのだが、その通りだったりする(汗)。
さ〜て、久々に「信州旅行編」行くかの。
これはラストを迎える頃、ちょうど旅行から一年経ってる(超えてる?)気もするのだが、そう言えば、昔原作が追いつかないアニメとか、大河ドラマすらあった記憶がある事だし、自分も臆することなく連発しよう。
続き。
到着した郷土史研究所(正式名称は「坂城町教育委員会」)。ここまで私達を(うっかり)車に乗せて来てくれた町役場の職員さんは、親切にも通りかかった委員らしき一人を呼び止めて、
「この人たちは、村上義清のことを調べに来たんだけど、教えてやってくれないか」なんて話をつけてくれるし、呼び止められた人も、「ああ、そうですか、どうぞどうぞ」なんてノリで、スイスイ中に通してくれるのだ(^^)。
時間はすでに6時を廻ろうとしている。どう考えても時間外。
私は一応表向き恐縮しぬいているようなフリをしつつ、心の中では「ここまで来たからには、もはや手ぶらで帰るワケには行かない」と、すっかりその気になっていたから、中に入って、
「それで、どういうご用件でしょうか」とか水を向けられるや……、
「義清の供養塔に今日行って来たのですが、そばにあった説明版によると、義清の玄孫と称する人と村上家の家臣出浦という人物が立てた、という事ですが、私の知る限り、義清の男子は国清という人物一人で、これは越後に行ったのち上杉家において海津城代に失敗し、罷免されたのち山浦と姓を改め、その後会津まで行ったようではありますが、どうやら没落したように記憶しております」
「は……はあ」
「この一族が何らかの子孫を残し、この坂城周辺に帰って来た、という事なのか、あるいは義清には兄弟がおり、このどれか……つまり甥とかが、村上氏を再興したという事なのか、あるいは、義清には女子が4名ほどおりまして、この内のどれかが、一度は他家に嫁ぐなりしたものの、信州に留まって子を成し、例えば姓は変わっているが義清の血を伝えたという事なのか、あるいは……」
「ちょっ、ちょっと待って下さい」
目をパチクリしたあげく、私の相手をさせられた人は、私から聞いた話をとにかくノートに書きまくり、町役場で聞いた同じセリフを繰り返す。
「ちょっと、私には答えかねますので、今度、専門の方が講演でこの町に来られた折に、今と同じ事を質問していただけませんか」
「もうお金が無いんです」
「そうですか。でもそういう事なら、私も聞いてみたいのですが、私では上手く質問できませんので、直接聞いていただいた方が……」
「この間、ここに来た時は、もう14年も前で……」
言ったとたん、私は涙が出そうになった。
そう、私はもうそんなに長くここに来ていない。次に来るのも、そんなに早くは来れないだろう。
いいの、わかっているの。私だって、ホントはそんなにすぐ知りたいワケでもないの。ただ、思い付いた事を並べてみただけで、この程度の疑問は村上氏だけに限らず、戦国に関する事なら、幾つだって山のように出て来る体質なんだもの。
こんなゴタクをズラズラ並べて、いかにも用があるように振舞う本当の理由は、ホントは……ホントは、帰りたくないだけなのっ(>O<)!
そうよ、私はゴネてるだけ。だって、だって、空はどんどん暗くなっちゃうし、このまま外でゴネてても、誰も振り向いてくれないし、そんな観光客にとって、どうしてもこの土地に居なきゃいけない理由なんて、何だって構わないの(TOT)!
以心伝心か、それがこの町の習慣なのか、彼も最後まで優しかった。
町役場の職員さんと同じように、私達夫婦を車に乗せ、駅まで送り届けてくれる道中、何かわかったら必ず手紙をくれると約束してくれた。
「今日帰るんですか? 明日ってコトになれば……ウチはすぐ近くにあるんですがね」
と委員の彼。
「ええ、どうしても今日じゅうに……」
こう答えるしかない私。
……にしても、よくよく言われる「ウチが近くにある」というのは、一体……?
なぜ今日じゅうに帰らねばならないか……一つは宿代がもうナイからであるが、もう一つの理由は主人の仕事である。私はどうでも、彼は絶対にこの日のうちに帰らなければならない。
そうそう、私はどうでも……。
私の胸にはこの時、ふと、どす黒い思いがトグロを巻き始めた。
この車から主人を放り出すってのは、どうかな。
だってさ、何かこの委員さんって、場合によっては家に泊めてくれそうな雰囲気じゃない?(核爆)
そうなると「宿代」の方は「御礼」でどうにかなるんじゃないかしら……???
えへっ(^_^;)、そうしちゃおうかな。だって家に帰ったって今日は二人とも疲れるし、どうせ夕飯はコンビニ弁当か何かで(特にこの日に限ったコトでもないが)、別に私が居なきゃダメってコトも無いんじゃないかしら☆ミ
しかし、私はここで不幸にも、当初の旅行の目的に思いが至ったのである(-_-;)。
そもそも、この旅行は、主人の慰労旅行ではなかったか?
主人の慰労なんだから、むしろ放り出されるべきは私の方かもしれない。
それによく考えたら、慰労であろうが無かろうが、旅の途中で家族を道端に放り出すなんて、あまり聞いた事ないようにも思えるし、良くない事のようにも思えなくない。
そうなると、結局この車の中で、今私がいろいろと思いを廻らせている事は、あまり意味が無いのではないだろうか……。
<つづく>
2001年4月10日
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