<戦国時代年表>

2、<今川、浅井、毛利の台頭>

年代がはっきりしない時に「?」を入れます。
西暦
年号
天皇
出来事

1497

明応
6
後土御門
大内義興、朝鮮に鷹匠を求む
 
若草記(猪苗代兼載)  
蓮如、大坂石山本願寺を築く  
1499
8
僧正竜を朝鮮に遣わし、大蔵経の板木を求む  
蓮如、没(85)  
竜安寺庭園(石庭)成る  
椿井仏師春慶、没(?)  
1500
9
後柏原
後柏原天皇、践祚後40余日にして、漸く先帝を奉葬  
京都大火、2000戸焼失  
1501
文亀
1
即位礼の資を幕府に求む  
日蓮・浄土両宗の宗論  
1502
2
摂津・丹波等に即位料段銭を課す(明年督促)  
若狭土一揆、守護武田父子を殺す  
村田珠光(茶道の祖)、没(?)  
宗祇、没(82)  
園塵(猪苗代兼載)  
布袋図(雪翁)  
1503
3
幕府、朝鮮に通信符を求む  
北野天神縁起絵巻(土佐光信)  
1504
永正
1
京都の公家、多く諸国に赴く  
徳政条目頌布  
宝生家能面(伝永見)  
立河原の戦(扇谷上杉朝良・今川氏親・北条早雲×山内上杉顕定、
東京都立川市)
 
1506
3
撰銭を禁ず  
加賀一向一揆、再び蜂起、
九頭龍川の戦(朝倉貞景・教景×一向一揆、福井県福井市)、
般若野の戦(長尾能景×一向一揆、富山県砺波市)
 
京都報恩庵本堂  
雪舟、没(87、等揚)  
1507
4
上杉房能、その臣長尾為景に攻められ自殺  
1508
5
桂庵玄樹、没(82、漢文の和訓法、薩南学派祖)  
1509
6
大徳寺大仙院本堂  
大仙院襖絵(相阿弥・光信等)
1510
7
長森原の戦
上杉顕定、越後に長尾為景と戦い敗死(新潟県南魚沼郡)
 
権現山の戦
(扇谷上杉朝良・山内上杉憲房×北条早雲、神奈川県横浜市)
 
三浦の邦人、宗盛弘の応援を得て釜山を攻略(三浦の乱)  
徳政を行う  
1511
8
芦屋河原の戦(細川高国・瓦林正頼×細川尚春、兵庫県芦屋市)  
船岡山の戦
足利義稙・細川高国・大内義興が、細川澄元・政賢を破る(京都市)
 
山城土一揆、徳政を強請  
刑部の戦(今川氏親×斯波義達、静岡県引佐郡)  
吉田兼倶、没(77、唯一神道)  
尼子経久、法華経を刊行  
〜この頃より、寺院の壇家制度次第に成る〜
1512
9
遣明使僧桂悟、明に至り、日本刀貿易を議す。宗盛長、朝鮮と永正条約を結ぶ  

撰銭令

 
関東地方飢饉  
体源抄(豊原統秋)。精英本草  
金工後藤祐乗、没(73)  
〜この頃、五郎大夫祥端の染付(磁器)〜  
1514
11
今川氏親、大河貞綱を遠江より遂う  
幕府、私闘を禁ず  
了庵桂悟、没(90)  
1515
12
蠣崎光広、蝦夷の乱を平定  
義稙に、即位料の調達を督促  
根来寺多宝搭  
釈迦画像記(狩野元信)  
1516
13

新井城の戦、北条早雲、三浦義同(道寸)、義意父子を滅ぼす
(神奈川県三浦市)

 
引馬城の戦、今川氏親、斯波義達の被官、大河内貞綱を引馬城に囲む(静岡県浜松市)  
大内氏、遣明船管掌を独占  
再び私闘禁止令  
千句連歌を行われる  
雲岡舜徳、没(79)  
1517
14
今川氏親、斯波義達を遠江引馬城に破る  
幕府の献金により、諸節会を行う  
1518
15
閑吟集(小歌集)  
景徐周麟、没(79)  
延暦寺根本中堂  
山水図(祥啓)  
1519
16
雨夜記(宗長)  
相模早雲寺創建  
1520
17
徳政令  
京都土一揆  
〜この頃、小田原等の城下町、大いに繁栄。また大内氏、銀鉱開発・貿易により富強、京都より公家・職人等集め、山口繁昌する〜  
毛利元就、武田元繁を安芸有田城に破る  
1521
大永
1
浦上村宗、その主、赤松義村を室津に殺す  
天皇、践祚後22年にして漸く即位礼を行う  
飯田河原の戦(武田信虎×福島正成、山梨県甲府市)  
1523
3
細川高国・大内義興の各使者、明の寧波にて争う  
今浜城の戦
(京極高清・上坂信光×浅見貞則・浅井亮政・他、滋賀県長浜市)
 
1524
4
高輪原の戦
(北条氏綱×扇谷上杉朝興、東京都港区)北条氏綱、江戸城に入る
 
能本作者註文(吉田兼持)  
近江長命寺本堂  
1525
5
岩付城の戦(北条氏綱×太田資頼、埼玉県岩槻市)  
摂津名草神社三重搭  
西大寺鉄塔五瓶箱  
土佐光信、没(92)  
1526
6
後奈良
今川氏親、家法33条を定む。今川氏親、没(54)  
鎌倉の戦(北条氏綱×里見義豊、神奈川県鎌倉市)  
次回は、3、 <群雄割拠〜信玄の時代へ>を掲載する予定です。
どうか、ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。