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<たまこさま
[東海] 2001/04/18(Wed) 18:52>
すご〜〜い! (こればっか(^_^;))。
教訓、全容とは多くの話を聞かないと分からないものだ。
>城主さま、
>嗚呼(TOT)、明日から何を頼りに生きていけばいいのか……(貧乏はツライのぅ)。
お察し致します、一年はアッと言う間、お気を確かに。
>川中島合戦は、確かに地元長野に行くと苦労話がよく残ってます。ちょっと驚くのは、武田は敵、という意識がまだある事ですね(^^;)。
なるほどです、これも聞かないと分かりませんよね。
>虎さまが知らないんだもん。
高木義清さま、↑ なんと貴重な役目を! (小爆)。
出奔以来、行方知れずで案じておりました。
死なないんだから、目立てばいいんです、目立てば。
<正苑さま [関東]
2001/04/18(Wed) 20:10>
こたつ城主様
>島津という役柄の外人の女性いらしたけれど・・・もしかしたら
こちらがドイツ大使婦人でいらしたのでしょうか
はいおそらくそうだと思います。紺糸威し胴丸鎧の方です。
ご主人は英語しゃべるの嫌なようでした。(爆笑)
去年まで商務担当とか何とかアナウンサーの方が紹介してましたよね
去年はご主人が大将で今年は奥様がなられたのではないでしょうか?
ご家族で参加なさって居りました。ご主人は侍役で息子さんが雑兵役をされておりました。因みに帰陣の時もいっしょでしたので、御子息の旗指物を外してあげました。
>大将役だったのですね
はい私の役どころは、下条薩摩守という方の役でした。この武将は謙信候の譜代の旗本で中々の人物みたいです。要するに近習の人ですね
武楴式の時でも真ん中で限られた武将しか五沾水をいただける大将役ですから、これも皆こたつ城主殿の御蔭です。有り難うございました役場の人のご配慮もありがたく思っております。
ちゃんと五沾水は自作の金蒔絵竹水筒に頂きました。
(空柄杓でしたがちゃんと栓を抜いて)
本当は大将用に石和町御貸具足茶糸威し胴丸鎧が用意されていたのですがやはり縁筋としては、こだわり家紋入りマイ甲冑で参加してしまいました。他の大将方の鎧に比べると見劣りはしますが二の見の大将ですからね・・・本人は思い込んでる。(笑)
みなさま、又宜しくです |
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