「城主のたわごと11月」は将門ツアーの続編(笑)に始まり、

千葉県に(何とか(^_^A))戻って来るコースだぁ〜!!



     
  ↑上記の通りです(笑)。

すごく大枠ながら、今年(2008年)の5〜9月は、金も無いから(爆)、やっぱり近隣をウロウロしたあげく、手賀沼あたりを中心にレポを作ってみました(^_^A)。

最初の「豊田城」は、前回までの「将門ツアー@茨城編」の続編調で、その後も「将門神社」や「天慶の乱」ゆかりの場所をチョコチョコ廻ってます(^^)。

2回シリーズの内、今回は茨城から南に、利根川・古利根川を越えて、手賀沼北岸まで♪
宜しくご賞味下さいませ〜!!

次回の更新は、来月中旬ごろ……かな〜と思います〜!

11月22日

城主
 
     



「作品の広場」の「将門雑記(風と雲と虹と)」34〜39話、更新〜。

レポ「城主のたわごと9月(2008年)」分これで終了(^_^A)。



     
  てわけで、連載「将門雑記」の34〜39話を載せました〜☆ミ
「作品の広場」からお入り下さいませ(^^)。

毎度ながら、今回「将門雑記」33〜39話に、レポ編として「城主のたわごと9月」の対応する箇所をリンクしてあります。

逆に「城主のたわごと9月」にも、相当する箇所に、今回上げた「将門雑記」34〜39話を追加リンク貼っときました(^_^A)。9月分のは今回で終了です。

宜しくお願い致しますm(__)m。

来週は……「城主のたわごと11月」を載せる予定でいます〜!!!(あくまで予定)

11月15日

城主
 
     



「議事録」(だいたい)08/21〜09/20頃の更新〜、

忙しいのと風邪が重なって、結構大変でした(^_^;)。。



     
  更新は上記の通りです〜。

まずお詫びと訂正事項。
先月、2008年10月12日の「今週のご挨拶とお知らせ」で、「将門雑記(風と雲と虹と)」の27〜33話の対応ページを「城主のたわごと7月」とご案内してましたが、「9月」の誤りでしたので、10月28日付で赤字訂正を入れさせて頂いてます〜。m(__)m<ガバ

先月は悠長に東北旅行の話をしましたが、その後、バチでも当てられたかの如く、夫婦そろって風邪ひきました( ̄∇ ̄;)。。亭主はスゴイ高熱(・・;)。

ウツッてはならぬと充分に用心したつもりでしたが、やっぱりウツり(笑)、私の方は熱はさほどでした(と思う)が、筋肉痛ですか、特に腰痛が長引いて、でも忙しいから治してる暇も無かったのです。。。

治さなきゃ〜と本格的に思ったと言うか、正確には「多忙の波が中休みに入った(^_^A)」と言うべきか(笑)、10月も下旬になると、だいぶヒマヒマ(^。^)になりまして(笑)、こういう時はじっとおとなしくしてた方がいいと言うか、正確には「東北旅行で金を使い果たしたから当分ナイ」と言うべきか(汗)、その割に古本をジャンジャカ買い集めて、片っ端から読む幸福な時間(^。^)を過ごしました〜♪ *幸福なのか不幸なのか*

ところが、その後また風邪をひき……ブリ返したのか新たにひいたのか判らないんですが、多分ブリ返しでしょお。同じ筋肉痛&腰痛に見舞われ、風邪はスグ治ったんですが、腰痛はどうにも続行のまま、「又ヒマになったら治さないと(^^;)」とか言ってる内に月末〜〜〜。。

で、11月になって、今度はやっぱ首を痛めた亭主と一緒に、中国医学直行〜〜!(笑)
モミモミ……いってぇ〜(*o*)!!!
なんちゅう事をやってる今日この頃でありんす!

さて、海音寺潮五郎の「海と風と虹と」も読み終わりました〜☆ミ
量的には「平将門」の半分ぐらいなんですが、途中に多忙になったり、他の本を読んだりもあって(オイオイ)、思いの他、読了が遅れてしまいました(^_^;)。。

やはり大河ドラマで藤原純友の話が展開する部分は、全て「海と風と虹と」からでした(笑)。
先にドラマから入ってると、原作を読んで「このシーンとあのシーンが、切れ目なくスグ繋がってる(・・;)」とかいう事に、イチイチ驚きます(笑)。

今思えば、こういう事は「平将門」でもあった事なんですが、ドラマのメインが将門だったので、ドラマで途中に挿入される純友の話を「同時展開」として楽しむのみで、「平将門」で途中に純友の話が出て来ないからと言って、「純友の出て来ない将門の話」とスンナリ進めました。

それが純友をメインにしてる「海と風と虹と」を読んでると、「ここで将門のアノ話が入るハズ」「ここで将門は今」と頭が切り替わってしまい(^_^;)、かなり時間が経ってから起こるハズの純友の動向が、時間を経ず連続して起こる事に、ややパニックをもよおすわけです(笑)。

「まぁそれは、アンタがドラマから先に入ったからだよ」とか「それは将門をメインにして読むからだよ」と言われそうですが、実はそれがそうでもない気がしています(爆)。

「平将門」が冒頭からジワジワ盛り上がって行き、「承平の乱」が勃発する頃から、ウハウハ( ̄∇ ̄)のノリでガバガバ読み進めるのに対し、「海と風と虹と」は、こちらの期待しすぎも原因なんでしょうが(笑)、1/3ぐらいまで来ないと話が本格的になって来ない分、「後で又ゆっくり読めば(^^ゞ」って放置しがちになるですっ!

1/3を過ぎた頃から、ジワジワと面白くなって来ますが、それは……ちょっと思ったのですが、これ海音寺サンは、ホントに純友に対し「将門を書いた時から思い入れを持った人物だったから書いた」のでしょうかっ?(笑)

あ、ここで、ちょっと執筆時期を解説(急!)。

「平将門」が書かれたのは、「あとがき」を読む限り、1950年代ごろでしょうかね(^^ゞ。戦後のドタバタの余波か、苦労しながら、編集社の都合で途中で切られたりを2度はやってますか(^_^;)、そんな感じに何度かに分けて執筆されたようで、最終的に連載を書いたのが1954年からだったようです。

その後、「悪人列伝」の中に「史伝・平将門」「史伝・藤原純友」が書かれ、1965年から……1971年ですか、「海と風と虹と」が連載されたようです。

そして大河ドラマ「風と雲と虹と」の放映が1976年、という経過です。

で、人気連載が終わった時、作者が作中の登場人物の誰に一番思い入れしてたか、という話って、ファンには聞けるだけでも嬉しく、「誰」と聞いても「だったんだー!(≧▽≦)」とか喜ぶワケですが(笑)、純友を主役に選んだんだから、純友に思い入れがある、という答は当たり前すぎ、優等生すぎです(^_^;)。

で、どうも私には、「平将門」における将門に、「書き足りない所があった」か、「史料に縛られない独自の将門像を描いてみたかった」のではないか、という気がして仕方ありませんでした(笑)。

将門と純友の出会いは、かなり初めの方からあるんですが、ちょうど1/3を過ぎる、つまり面白くなって来る頃に、この二人の対比と言い会話と言い、妙〜に面白くなって来るんです!

「平将門」における将門像は、モチロン現代ならではの解釈を交えてはいるんですが、わりと忠実に「将門記」に沿ってまして、そのせいか前半はすげぇスピード感なんですが、後半はどことなく運びがモッタリと感じます(^_^;)。

それが「海と風と虹と」の1/3以降に出て来る将門は、大きな違いとは言いませんが、「あれ(゚.゚)?」と思うほど「将門記」に拘束を受けず100%創作されてて、作者の独自キャラという感じが濃厚にして、これが結構イケルんですわっ(≧▽≦)。申し訳ないけど、主役の純友より魅力的です(笑)。
大河ドラマ「風と雲と虹と」における、どこかアッケラカンと明るい将門像は、むしろコッチから作り出された感じがしてみたり(笑)。

海音寺サンは、将門と純友の「共謀」をどうするか最後まで悩んだそうで、将門と純友が共謀談義をしたと伝説される比叡山にも赴き、「将門岩」など見学されたのだとかっ(笑)。
編集との話し合いで共謀説は却下されたそうですが、ご自身が「却下して良かった」と結論されてます。

両者が結託し、東西呼応して乱を起したという噂が当時から既にあった事は、「風説」として排除されるとして、将門の方はともかく、純友の動きは「将門挙兵」を意識してるという点は、今でも多くの学者サンに指摘され、かつ複数の裏づけによって符号するように思えます。

そこに重きを置いて、著しく史料の少ない純友を描いたのでしょう。

そのせいか、2作における純友はかなり悪辣で(笑)、「平将門」では、一方的に将門を謀叛に陥れるダーティな純友が、「海と風と虹と」では将門の魅力をむしろ引き出し、純友の最期にいたるまでは、何か……まるで将門を陥れた報いでも受けるが如く(^_^;)、自ら汚名の上に汚名を重ねざるを得ない、長く悲惨極まる道のりでして、ここがドラマでは描かれない、ある意味、原作者の主張したい重要な部分だったのかもしれません。

とか読書タイムしてる内に、ガソリン代がジャンジャカ値下がりして来まして、「夏休みに下げるタイミングになってれば、も少し日本経済もったんじゃないかな(^_^;)」とか思いました。。。

何か給付金を配るそうで……。救済対策が必要な局面は多々出ていて、むしろ遅すぎたぐらいだから、バラ撒き自体はいいんですが、給付対象で詰まってるというのが、よく判らなかったり。。。

まず年金の調査や、世帯ごとの給付を割り出すのに、何百億もかかると言うのは(汗)。ずいぶん高い人件費のような、一体どこの国の話かと、何気に「格差」を感じます。。

次に、格差を積極的に押し広げる政策を推し進めたのは、4〜5年ぐらい前のような(^^ゞ。その時、広がった格差に対処する方策が同時に検討されなかったという事でしょうか?

自分達で格差を広げたんだから、そりゃ当然、貧民は出ますよ。そこを給付で乗り切ろうという計画だったのなら、それもアリと思いますが、そのために不公平に陥らない方法なんか、とっくに整い切って、「いつでも来い」な状況になってて当前だと思うんですが(^_^;)。。

大本営発表の景気指数を今スグあげるため、特攻員を募って煽って、いつの間にか敗戦して、国民を敵地に取り残し、奴隷として売り飛ばすのが「国の伝統」ですかね?
ましてや当事者が世襲でウハウハ上手くやったあげく、議員辞職ヒコーキで逃げ切るって……どういう国??(昔なら鋸引きだと思いますけど:笑)

世界の中では打撃が少ないのに不況に陥る原因は、消費の落ち込みが原因だとか言うけど、じゃあ給付金より、裁判員制度の50年先延ばしをお願いしたいです。
義務教育でシッカリ叩きこまれた世代が成人になる時期と見ても、あと20年は必要じゃないですか?

裁判員に指定された社員の仕事を減らさなかった企業の役員を、速攻で鋸引きの刑にする法整備もぜひお願いしたいですが(笑)、それで職場の経済が傾いても国は何もしてくれないのでしょうから、仕事はしなきゃいけないのですよ(^_^;)。。

国民は息つく暇もないほど忙しいですよ。買い物って、物によっては時間が無ければ出来ないんだけど、そういう事が全く判ってないんでしょうね。

殆どが日夜も忘れて労働に徹し、趣味など省みる余裕もなかった20年、いかにもその隙を狙うように巨万の富を築いた質の悪い文化人が、このごろ次々没落して行く事だけが唯一の救いで(^_^A)、この際、金持ちが買ってる本や、行ってる旅行先の史跡(笑)リストを公開するのも一つの方法で、本当に文化レベルを押し上げているという判断結果が出れば、金持ちがリードする国でもいいと思いますが(笑)。

しかし今、ちょっとした商品を買うのに、あの店にもこの店にも行くけど、どこにも無いから結局は消費もしない、という事が凄く多いです(^_^;)。。

投資家や株主の方ばっか向いて、消費者には「その辺の腐った物でも食えば?」って態度だと、消費が伸びない気がするですが、商品を作りたくても、その金貸さない奴もいるんじゃ、どうやって消費伸ばすんだか( ̄∇ ̄;)。。。

よく「善意は悪い結果を生むだけで、結局は大勢を苦しませる」というエセ現実主義が横行したもんですが、国民を敵視したり軽蔑するニヒリスト、自惚れや虚勢の強いナルシストをカリスマ視する社会は病的だと思います。

経済は最悪に低迷してますが、世界中を駆け回ったバブルの波は、これで今後やっと沈静化するという見込みもあるようで、米国の大統領もやっと変わりましたね(^_^A)。

今度の人がどういう人かサッパリ判りませんが(笑)、なるほど演説が上手いな、と感心するのは、「皮肉や疑いに直面した時」に、それを乗り越える力が、「自国の辿ってきた、負を乗り越える不屈の精神」と言ってる点です。私としては久々のヒット!

てなわけで(どういうわけだ?:笑)、今年も大葉が良く収穫できたんですが、この頃、秋になっても長く葉が青々としてる事が多いんで、「まだ食える(^。^)」と放置してたら、ある日、イキナリ殆どの葉が無くなってるのに気付き、「おおおお、急に冷え込んで枯れたのかっ?!」と驚きました。

……。実は大葉に関しては、秋に実をつける(いわゆる紫蘇の実)モンですから、それをこの頃よく鳥がついばみに来てるですっ!(爆)
毎年、種は多く採れ過ぎて、余ってしまうぐらいなので、今年のは鳥にやってもええか〜と気楽に放置してますが(笑)。

枯葉の件はともかく(笑)、急にブルブルするほど寒くなるのは事実で、今イチ気付かなかったけど、明け方とか、かなりの冷え込みになる時間もあるようで、筋肉とか節々に影響が出るのも、そのせいかと思います。

皆々様も何卒、お気をつけて健やかにお過ごし下さいませ(^^)。

来週はまた、「作品の広場」の「将門雑記(風邪と雲と虹と)」を更新予定です〜(^O^)。

11月08日

城主
 
     





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